第563話 第3章 2-6 返り血

 その平原のさらに真ん中に、建物があった。石造りの、円形な建物だ。

 「また、神殿ですか?」

 ライバがウォラに問うた。


 「いや、ここがアテォレ神殿だ。この岩山全体がな……あれは、闘技場だよ。神技合かみわざあわせのための」


 ウォラがそう云って歩き出し、三人も続く。遠いためか小さいように見えて、闘技場は近づくと大きかった。そこにも衛兵がおり、四人を認めると案内係が現れた。正面ではなく、ぐるりと外周を周って裏口めいた場所に来る。そこから四人は中へ入った。


 「レラ達は、この反対側から入る。まだ、来ていないようだ……」

 「ウォラさん、そのレラって子は、どんなやつなんですか?」


 何気なくライバが尋ねたが、ウォラが立ち止まり、流し目でライバを見つめた。スティッキィやカンナも、何事かと歩みを止める。


 「カンナ、先に行っていろ。案内についてゆけ。私は、二人を案内してから向かう」


 「うん」

 カンナは、そのまま行ってしまった。


 二人が、急に動悸が激しくなった。特にライバ、何かまずいことを聴いたのかと、びくびくしだす。


 だがウォラは、普通に話しだした。

 「どんなやつかと云われれば……そうだな、天才剣士の殺人鬼だ」

 「は?」

 二人が驚いて眼を丸くする。


 「ちょっとあんた、そんなやつとカンナちゃんを戦わせよおってえの!?」

 憤ったスティッキィが詰め寄る。が、ウォラはすました顔で、

 「待て。正直に云うが、気分を害するなよ。カンナも、同じようなものだ」

 「う……」

 二人、云い返せない自分たちがいやになる。


 「だが、カンナはそういう状態となったりならなかったり……精神的な裏表が激しい。レラは、カンナのその欠点を補う調整をうけている。未完成とはいえ、やはり手強い。従って、カンナは余計な感情が生れないよう、半分、夢見心地のまま調整しているのだ」


 「そんな……」


 スティッキィ、また涙が出てきて、うつむいた。いったい、こいつらはカンナを……どこまでカンナを道具として扱うのか。


 「ウォラさん、その……助っ人は、認められないんですか?」

 ウォラはせせら笑った。

 「おまえたちが助っ人に入るのか? 死ぬぞ」

 冷たく見下したもの云いに、スティッキィがガリアを出しかける。


 「まあ、待て……怒るな。お前たちの出番は、カンナが勝ったあとに待っている。分かるな……神代へ行くカンナの供をするのだ! それは、私にはできない。私は、数値が67だからな」


 二人はもう、祈るしかできないのだとようやく察し、黙った。

 「では、行くぞ」


 暗い通路を通り、やがて闘技場内へ入る。ウォラは二人を観覧席のような場所へ案内した。階段状の観覧席だ。席は広かったが、客は二人しかいない。高い位置には既に誰かいる。あの立派な法衣ローブは、神官長だろう。するとあれは貴賓席か。


 反対側にも、同じく観覧席と貴賓席があった。が、まだ誰もいなかった。

 「では、私は行く」

 「どこへ行くんですか?」

 「私はカンナの教導だ。戦いはしないが、指揮をしなくてはならない」 


 見ると、観覧席から突き出た場所がある。席ではなく、手すりのついたうてなになっている。指揮台だ。


 ウォラがいなくなって、やがてその臺に現れた。二人からは見下ろす位置にある。


 気がつくと、反対側の貴賓席に、恰幅のよい南方人種の人物が座っていた。神官長ほどではないが、豪奢な法衣ローブを着ている。遠目にも、あまり機嫌のよい顔はしていない。むしろ、疲れているようにも見える。緊張しているのだろうか。


 そして、いよいよカンナが闘技場の中に現れた。先ほど別れたばかりだが、特に、変わった様子も無い。いつものカンナに見えた。


 ドオッ……!!


 と、太鼓が鳴り、カンナの真正面の扉が開いて、レラが現れた。初めて見やるが、カンナに似ているといえば似ているが、似ていないといえば似ていない。髪も短く、少年のような面持ちだ。カンナより年下ということで、少し小柄に見える。


 が、その異様な姿に、ライバとスティッキィが息をのむ。

 「なによあれ……」

 全身血まみれだ。既に誰かと戦って、傷ついているというのか?

 「いや……あれは……返り血だよ……」

 ライバ、寒心して身震いする。

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