第562話 第3章 2-5 アテォレ神殿
「もう休め。明日は五刻前(午前九時ころ)に
ウォラが、さっさと自室へ向かった。
三人はややしばし何も云えずに見合っていたが、やがて誰からともなく手を握り合い、わけもなく肩を抱き合って、うなずき合った。
翌朝、カンナは自然に目が覚めた。特段、緊張とか不安とか、そういった負の心持はいっさい無い。そのための最終調整であったが、カンナは知らぬ。何のためにこのような戦いをすることになったのか……それも、分かっているつもりだった。眠っている間に、自然と納得している。水の中で眠っていた時間は、夢ではなかった。自分は、ああして
レラの話はウォラから聞いた。自分とほとんど同じ力を持つ相手がいて、それを神官長へ対抗する派閥が担ぎ上げている。そう云われた。それに対しても、特に疑問はない。なぜなら、既に戦っている。ンゴボ川で。スティッキィたちの話は、本当だった。
(とにかく、また勝てばいいんだ)
カンナはそう思っていた。そうすれば……。
(そうすれば、どうなるんだろう?)
何か疑問を持つと、とたんに頭痛がする。何も考えられない。考えることを止めた。
(なんでもいいんだ。やればいいんだ。やるしかない。わたしは、いつだって、やるしかないんだ。それだけなんだ……それだけのために、わたしはこの世にいるんだ……それだけ……そ……)
カンナの瞳が、既に蛍光翡翠にうっすら光りだす。それを目の前の席でみつめるスティッキィとライバ、得体の知れぬ不安に胸がつぶされそうだった。何か……まだ何か、とてつもない秘密が隠されている。そうとしか思えない。だがそれは、彼女たちに知らされることはない。
宿舎の食堂に、ウォラは現れなかった。早朝からクーレ神官長のところに行っているという。ハチミツやバター、様々な果物がたっぷりと用意され、ウガマールの焼きたての薄焼きパンが山積みになっている。ネギと豆のスープがついていた。
三人とも、まったく味がしなかった。
「なんでもいい。なんでもいいから、どこまでもついて行く。その
部屋へ戻り、ライバはまっすぐスティッキィの部屋へいっしょに入った。スティッキィが入ったとたんメソメソと泣き出したので、ライバが詰問する。しかし、そういうライバも、涙が止まらないのだった。
「もういや。もう耐えられない。カンナちゃんが……カンナちゃんが可哀想」
「可哀想ったって、私たちではどうにもできないだろ」
「分かってるわよ、そんなこと!!」
スティッキィが金切り声を上げ、立ち上がった。ライバが抱きつく。スティッキィも抱き返し、二人で、カンナのために泣いた。泣くこともできなくなったカンナのために。
ひとしきり泣いて、二人は顔を洗い、引き締まった表情に戻ると集合場所へ向かった。四人はしばし歩き、いよいよアテォレ神殿の本殿へ入った。巨大な一枚岩へ掘りこんだ古代神殿の正面には衛兵が立っており、見上げるような門があった。中は巨大なホールとなっていて、たいまつが終始燃えている。ホールはどこまでも続き、ホールではなく大回廊だと分かった。壁際に竜の巨大な神像が二千年間鎮座し、その数は、十二あった。つまり、当時は現在知られている七柱の竜皇神のほか、五柱の未知の竜神がいたことになる。
やがて、明かりが見えてきた。これはまぎれもなく、外の明かりだった。太陽光だ。スティッキィとライバが不思議がる。こんな距離で反対側へ出てしまうほど、この岩山は奥行きがないのだろうか? そうは思えないほどの大きさだったが。
疑問はすぐに氷解した。
明かりの中へ入ると、再び外が現れた。しかし、反対側ではない。
ウォラ以外の三人が、壁のようにそそり立つ岩山の内側を見上げた。そう。この長さ二ルット、幅一ルット半、高さ八千キュルトにも及ぶ巨大な岩山は、中がくりぬかれ、クレーターめいて凹型になっている。いや、これは天然の巨大カルデラだろう。広大な平原が、岩山の内部に広がっていた。泉もあり、灌木がまばらに生え、草が伸びている。しかし、密林にはなっていない。地面の下が硬い岩盤なため表土が浅く、大きな木が育たない。草むらより、小さな鳥の群れが一斉に飛び立った。
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