第560話 第3章 2-3 クーレ神官長
「やめろ。長時間のガリアの使用は禁ずる。余計な力を使うな。明日の昼には、
ウォラがカンナの考えを見透かし、少し振り返って注意する。カンナは素直に、
「はい」
と云って従った。その口調がとても事務的に感じ、スティッキィとライバが暗闇の中で顔を歪めた。
そこから再び一行は無言で歩き通し、途中で一回だけ小休止を挟んで、数刻を歩いた時だった。
急に、密林が開けた。
そして、無数のたいまつが燃えていた。
「うわっ……」
闇に慣れたライバやカンナが、まぶしくて、手で眼のあたりを覆ったほどだ。
密林のど真ん中に、広大な岩場があった。その広さは、ちょっと暗くてわからないが、
「ウガマールがすっぽり入ってまだ広い」
と、ウォラが云った。となると、最低でも数十ルット四方はあるか。この松明が赤々と燃えている部分ですら、ほんの入り口だろう。その広大な岩場の中央に、これもまた巨大な岩山がそびえていた。
「あの山が、アテォレ神殿だ」
ウォラが指をさす。
「神殿って、山じゃないのよお」
久しぶりにスティッキィの声。
「山全体が神殿だ。内部に入ることができる……神技合は、あの岩山の向こうで行われる。今日は、宿舎に泊まる。迎えが遅いな……」
「あたし達が到着したのに、気づいてないんじゃなあい?」
「そうかもしれない。こちらから向かうか」
ウォラが周囲を見渡し、そうつぶやいたとき、たいまつの列の奥より神官着を
「お疲れさまでございました。神官長様がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
ウォラが無言でうなずき、三人を先導して案内係に続いて歩く。
三人はそのまま、巨大な岩山である神殿の近くに建てられた大理石の砦めいた施設に案内した。すべて、たいまつによって道や建物は彩られている。
ライバは、同じような建物が遠くにもあることに気づいた。
(あっちに、レラがいるんだろうか……あの、風の音を発する……)
思ったが、確かめようもない。
「ここだ」
ウォラへいざなわれ、三人が小神殿へ入る。中は宿舎も兼ね、祭壇の間のほか、広間や執務室、小部屋も多かった。井戸があり、沐浴場も男女に分かれている。
執務室へ向かうと、部屋の前に、大きなランタンに照らされた四人の衛兵がいた。この神官兵士たちは、ガリア遣いだった。神官兵士の中でも、最高級だ。
兵士がウォラとカンナを確認し、
「神官長様、ウォラ様とカンナ様が参りました」
と、ドアの奥へ声をかけた。古代の神殿であり、ドアといっても、蝶番ではなく石に木の棒を通した、隠し扉めいた原始的な開閉機構だった。
「中へ」
精悍な女性の声がして、兵士が明けたドアを四人が通る。スティッキィとライバはとうぜん止められるかと思いきや、ここまで同行していることが既に許可の範囲内なので、そのまま通される。
中には、壁に燭台、さらに台の上に大きなランタンが二つ置かれ、机の上にも一つ置かれており明るかった。正面の質素な椅子に、背の高い、厳めしい顔つきのストーゥリア人の老人がいた。執務ローブとはいえ、その最高級の布地で神官長と分かる。クーレ神官長だ。大きく面長な顔の高い鼻へ、カンナと同じ水晶レンズの丸い眼鏡がかかっている。
その横に、長く細い黒髪に濃い香木めいた褐色肌の古ウガマール人の女性が立っていた。若い。二十代前半か、十代にも見える。目鼻立ちが濃く、すらりとして気品ある立ち姿だ。
教導騎士にして神官長の護衛兼秘書の、ハシカプだった。さきほど「中へ」と云ったのは、この女性だ。この若さで教導騎士であるから、かなりのガリア遣いと観てよい。
「ご苦労様です、ウォラ。そしてカンナ。神官長様へご挨拶と、二人の紹介を」
ウォラとカンナが前に出て、秘神官の礼をする。それから、
「こちらが、道中、そしてこれからもカンナの警護を請け負います、ガリア遣いのスティッキィと、こちらはライバです」
ウォラに紹介され、二人が変わって前に出、スティッキィはストゥーリア商人の礼をし、ライバはただ軽く頭を下げた。彼女は町工場で働く職人の娘で、ガリアが発現しなかったらそのまま職人の女房になっていたような、無教養な労働者階級出身だからだ。
「ストゥーリア、から、ようこそ、ウガマール、へ」
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