第559話 第3章 2-2 ジャングル踏破

 「やるしかない……やるしか……」


 カンナは日差し避けのフードの奥で、ずっとブツブツつぶやいていた。その眼鏡の奥の眼が、既にうっすらと蛍光翡翠に光っている。ガリアの力があふれているとはいえ、人間とは思えぬ。いや……カンナは人間ではない。スティッキィは……自分の中に芽生え始めている必死になって否定した!


 (カンナちゃんが何者だろうと、どこまでもついてくって決めたじゃない……なによ、カンナちゃんを心配しているのは、フリだってえの? あれだけライバに大口たたいて、なんてえざまなの、スティッキィ!)


 自分で自分を鼓舞する。


 早朝のうちに市場で薄焼きパンに炭焼き肉や焼き野菜を挟んだ朝食を摂り、四人はウガマールを出た。街道を進まず、そのまま船着き場の一つへ行く。ウガン川を遡り、そのまま密林へ向かう。二十ルットほど離れている遺跡だが、半分以上は船で行くので楽だ。


 船頭は既に奥院宮おくいんのみやで手配してある。ほぼ半日かけて、ジャンク船は風をつかんで川を遡った。


 てっきりトトモスへ行くと思っていた髭の立派な中年の船頭、支流を外れ、滅多に来ない川のしかも密林のど真ん中で、


 「ここでいい。ここで下してくれ」

 と云われ、動揺した。


 「ここでって、こんなところで降りてどうするんで? それに、船着き場がありゃあせんぜ」

 「金は弾んでいるはずだ。余計は詮索はするな。そこの岩場へつけろ」


 見ると、巨大な岩石が川面へ突き出ており、まるで船着き場のようになっている。船頭は驚いた。こんな場所があったとは。


 じっさい、そこは古代の船着き場であった。


 いったん上流へ行ってから、ゆっくりと流れにそって後退しながら近づき、ぴたりと船頭はその岩場に船を寄せた。船着き場なら綱を結ぶ杭があるが、ここは何もない。


 と、思われたが、岩から木杭が伸びている。杭は新しく、古代に掘られた杭穴に再び杭を設置したのだ。船頭が手早く綱を杭にかけ、結び、船を固定した。


 次々に四人が岩場へ下りる。

 「待たなくていい。帰りは別に手配する」

 「へえっ、それでは」

 船頭が再び手早く綱を解き、逃げるように行ってしまう。


 四人はウォラを先頭に、一列になって密林の中を歩き出した。森には既に獣道が整備されていて、迷うことはない。気温となにより湿度が高く、虫が凄いし、よく分からない獣がたまに頭上を行き交う。


 「懐かしい。わたし、こんな森の奥の村で生まれたんだよ」

 真ん中を歩くカンナが、樹冠を見上げ、少し張りのある声を発した。

 「そ、そうなんですか」


 スティッキィが無言だったので、ライバが答える。きっと、生まれたと思いこまされている。二人は薄々そう気づいていた。だからといって、どうすることもできない。


 「ウォラさん、その儀式をする場所は、遠いんですか?」

 話題を変え、しんがりのライバが先頭へ声をかけた。


 「いや、既に行程の半分は過ぎている。このまま歩けば、夜半には着くだろう。お前たちなら歩き通せると思うが、どうだ?」


 路はあまり良くないが、確かに、歩き通せるだろう。そもそもこんな場所で一夜を明かすのは御免だ。不気味な虫に刺されそうだし、刺されたら死ぬ自信がある。


 「大丈夫です」


 スティッキィへ確認もせずに、ライバは断言した。いざとなったら、自分の瞬間移動もある。


 「そうか」


 ウォラは相変わらず淡々として、そこから四人は一言もしゃべらずに、ひたすら歩いた。日が暮れてきて、少し休む。水筒から水を飲み、干し果実や干し肉をかじっている間も、だれも口をきかなかった。焚火を使わないので、どんどん暗くなる。ライバがランタンを出し、カンナが指さきより電光を発して火を点け、火口石を用意したスティッキィの眼を丸くさせた。


 「カンナ、こちらも頼む」

 ウォラもランタンを差しだし、点火してもらう。


 ウォラとライバの二人がランタンを持ち、ライバとスティッキィが入れ替わって、ウォラ、カンナ、ライバ、スティッキィの順で歩いた。夜の密林は月明かりも星明りも樹冠に遮られるためにことのほか暗く、ランタンがなくば全く歩けないほどだった。あっても、足元を仄かに照らす程度だ。スティッキィはそのガリアの力で闇を見ることができるが、残りの三人はそうもゆかない。カンナはせめて自分の足元を電光で照らそうとガリアを出そうとした。

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