第554話 第2章 8-5 惨状

 「どのような竜だ?」

 「どのような……」

 云うが、その中年男性は恐怖のあまり顔を引きつらせてガクガクと震えだした。

 「どうした、しっかりしろ、竜はみな死んだ、もう大丈夫だ!」

 アーリーの確信に満ちた声と大きな手で肩を掴まれ、男性は我へ返った。


 「おっ、大きな風の音を発して、ものすごい速さで空を行き交う竜と……いや、あれは竜なんでしょうか!? あんなものは、見たことも聞いたこともない……!!」


 「そ、それから……それから見上げるような、む、虫みたいなバケモノが……!」

 横にいた女性がまくしたてた。アーリーの顔がゆがむ。間違いなくバスマ=リウバ王国の南部竜だ。


 「ふうむ……」


 ムルンベはここにきて、思っているより手荒な手に出ている。レラの調整がそこまでうまくいってないのだろうか。それとも、他に理由が?


 「わかった。おそらく、竜はすでに倒されているだろう……ここにいてもしょうがない。水も食料もない。私といっしょにラクトゥスへ戻るんだ」


 流民たちが煤だらけの顔を見合わせる。確かのその通りだ。しかし、ラクトゥスへ戻ったとしても、焼け野原ではないのか?


 「それでも、そのうちウガマールより救援が来る。船が焼け残っていれば漁へも出られるだろう。ここよりはましだ。さあ……」


 アーリーに促され、何人かが恐る恐る腰を上げ、歩き出した。だが、火事場のなんとやらでここまで走ってきた者たちだ。女性の中には、疲労と放心のあまり動けない者もいた。


 「体力の残っている者は手を貸せ! 助け合って戻るんだ! ここにいても飢え死にだぞ! おまえたち、草を食えるのか!?」


 アーリーが厳しい声を出した。


 男たちの顔が引き締まり、弱っている女性などへ手を伸ばす。アーリーは一人の中年女性を背負い、細い若者を抱いた。


 そのまま、徒歩でゆっくり歩く。もどかしいが、この者たちを置いて走るわけにもゆかない。


 「街道まで出れば井戸がある。水はそこで飲め」


 つまり、いったん街道方面へ遠回りだ。が、仕方ない。平原を街へ直進しても、渇きのため持たないだろう。既に一日半、かれらは飲まず食わずのはずだ。


 喘ぎながらも、なんとか街道が見えてくる。風向きのせいか、焦げ臭さがここまで漂ってくる。


 旧帝国時代に整備された公共井戸までたどり着くと、アーリーが釣瓶つるべを引き、奥底より水を掬った。ラクトゥス市民が拝むようにして、順番に飲む。


 「……助かりました……お導き下さり、命の恩人です」

 「ぜひ、お名前を……」

 一同が、拾われた子犬めいた眼でアーリーへすがる。


 「私はサラティス・カルマのアーリーだ。さ、休んだら出発しよう。この距離ならば、夜半か、明日の朝にはラクトゥスへ着く」


 「アーリー様、着いたところで私らのようなのが何千人といるだけですよ……」

 「おまえたち、あれを見ろ」


 アーリーが丘陵の向こうの、キラキラと日差しを反射し、並の穏やかなサティス内海を指す。二艘の平船がサランテ方面へ向かっている。


 「チクショウ、船のあるやつが逃げやがったな!」

 誰かが叫んだが、

 「ちがう。サランテへの救援要請だ」

 アーリーの言葉に、安堵と驚きの声が出た。


 「数日、我慢すれば、少なくともサランテやサラティスより支援が来る。あとは、ウガマールよりの本格的な救援を待つしかない。……さあ、行こう」


 促され、休憩した一行は街道をひたすら歩いた。アーリーの足ならばその日の夕刻にはラクトゥスに着くが、到着したのは翌々日の昼前だった。


 その惨状に、アーリーも驚く。


 街は完全に焼け落ち、食料も焼けてしまって、みな心労疲労で動けない。医薬品もなく、火傷を負っている者は死を待つだけだった。焼け焦げた死体はともかく、なま焼けや新たに死んだ者の死体を焼くか埋める余裕も無く、そこらじゅうに転がるにまかせ、衛生的にも悪化の一途を辿っている。町長や主だった役所の人間も被災し、誰も統率を執っていない。


 「むう……」

 アーリー、唸るほかはなかった。思っていたよりひどい。

 一緒に戻ってきた者らも、文句を云う気力も無く、その場へ座りこんでしまった。

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