第553話 第2章 8-4 ラクトゥス異変

 アーリー渾身の力だ。烏は後ろに引っ張られた。爪を立て、踏ん張ってもぐいぐい引っ張られる。凄まじい力である!


 たまらず、アーリーめがけて火を吐こうと振り返った。

 そこを火草が絶妙な連携で襲う!


 その長く細い首の根元辺へ火草が豪快に牙を突きたて、頭を振った。空を舞うために軽量化された飛竜の骨はその衝撃に耐えられず、折れ、首が根元より引きちぎられた。


 どっ、と烏飛竜がうつ伏せに倒れ、火草竜が勝利の声を発する。そして、新鮮な竜肉へかぶりついた。軽騎竜ならともかく、烏飛竜まるごとではさすがに多い。火草竜数頭が腹いっぱいになる肉が手に入った。


 アーリーもガリア「炎色えんしょく片刃かたば斬竜剣ざんりゅうけん」を出し、火は出さずに刃物として振るう。並の金属の武器では刃が欠けるほどの竜の皮膚や鱗も、ガリアにかかっては魚以下だ。柄と峯を持ち、器用に大剣を操ってその強靭な脚肉を切り出すと、こちらも半竜人ダールの牙をむき、生のまま喰らいつく。まずいもうまいもない。竜の血肉の栄養は尋常ではなく、この一回の食事で七日は持つだろう。


 一人と一頭は新鮮な肉や臓物をたっぷりと食べ、また川の水を飲み、ついた血を濯ぐと少し休息して夕刻近くに出立した。まだ肉のたっぷり残った烏飛竜の死体は、他の竜か小さな獣が始末してくれるだろう。


 夜通し駆ければ、明後日の朝には、ラクトゥスへ到着する。



 その、深夜だった。

 異変はすぐにわかった。


 地平の向こう、平原のはるか奥……ラクトゥス方面が、ぼおっとオレンジ色に明るい。薄く立ちこめる雲に光が反射し、天もうすら明るく火色に光っている。その明るさは異様だ。およそ松明とか、ただの火事とかの規模ではない。あれが火事だとすれば、だが。


 アーリーは竜を止め、暗闇にうかぶそのぼんやりとした光を見つめた。

 「……ラクトゥスが……燃えている……?」

 素早く推察する。

 推察も何も、考えられるのはひとつしかない。


 カンナが竜と戦い……ラクトゥスを巻きこんで大延焼を起こしている。ということは、相手は南部王国の百足竜か。


 (あれは、油の塊だからな……)


 まさか、そんなものをラクトゥスまで引っ張り出してくるとは。よほど足止めをしたいようだ。


 (さては、レラの調整が間に合っていないか)

 だとすれば、カンナの勝率も上がるだろう。


 (しかし教導がウォラでは、やはり心もとない……アートはあの身体だし、やはり私が行かねば……!!)


 アーリーは決意を新たにし、闇夜に火草竜を駆った。


 夜通し駆け続け、朝方には遠くに立ち上る黒煙を確認した。火は一晩でラクトゥスを焼きつくし、焼け野原としたようだ。いや、まだ燃えているのだろう。


 休みながら竜を走らせ、街道とサティス内海とのちょうど中間を駆け抜ける。途中、アーリーは歩を緩め、慎重に確認しながら街道へ近づき、人っ子一人いないのを認めるや一気に北上して街道を横断。そのまま森林地帯に向かった。ここからは森伝いに隠れながらラクトゥスへ近づくためだ。


 その日の午後を森の中で仮眠にあて、深夜、再び出発する。もちろん、目撃される可能性が少ないためである。


 一気の星空の光る平原を抜け、次の森まで来た。そこで少し休み、また出発する。

 そうして、次の森まで向かう途中でラクトゥス炎上の二日後の朝が来た。

 「……むぅ……」


 アーリー、竜を止め、遠眼鏡を出した。竜の背中の高い位置で、遠目にラクトゥス北部平原地帯に流民がわらわらといるのを発見する。焼け出されたラクトゥス市民だろう。あわてて竜を戻し、森まで逃げる。発見されたら面倒だ。本来はもう少し街へ近づきたかったが、仕方がない。火草竜はここでラズィンバーグまで戻した。よく訓練されているため、無人でも勝手にスネア族の村まで戻れるだろう。


 再び森を出て、平原を徒歩で南下する。半日も歩くと、流民と合流した。

 「おい、いったいラクトゥスで何があった!?」


 煤だらけの流民へ駆けより、尋ねた。二十人ほどの流民の集団は大柄なアーリーに驚いたが、すぐに凄腕のガリア遣いと察し、安堵して、


 「見たこともない竜が……!」

 半泣きでアーリーへすがりついた。


 元よりここいらは竜の出現率が低く、出ても軽騎竜がせいぜいだ。たとえ烏飛竜が現れても住民は恐慌を来たす可能性はあった。むしろ、たまにパーキャス方面から流れてくる海生竜のほうが珍しくなくなってきている。

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