第546話 第2章 6-2 77人目

 ライバとスティッキィが見合う。わかるわけがない。黙って言葉を待った。ウォラは自分に酔っているように続ける。


 「残念ながら推測に過ぎないが、聖地ピ=パが変わったようだ。神代かみよへの接触を、黄竜のダールへ強制するようになった。時のディスケル皇帝はそれを恐れ、黄竜のダールへ姿を隠すよう指示した。元より碧竜へきりゅうのダールと黄竜のダールは特別なダールで……碧竜のダールのもつガリアは神代の蓋を開ける聖なる鍵であり、黄竜のダールのみがそれをもって神代への入り口を開けることができる。二人そろわなくては、神代の蓋は開かない。碧竜のダールだけいても、意味を成さないのだ。しかも、黄竜が姿を消してより百数十年の後に、碧竜もあのように石の中へ入ってしまった。そこで、我らウガマールは……一人で神鍵しんけんを持ち、それを操るガリア遣いを作ろうとしたのだ」


 ウォラが、チラリをライバを見た。ライバは、当然の質問をする。

 「神代だかを開けて、どうするんですか?」

 「竜皇神りゅうおうじんを、滅ぼすのだ」

 「は?」


 「そのために、人間でもダールでもバグルスでもない、人間でありダールでありバグルスである、究極の神殺しの存在を求め続けてきたのだ。そうでなくば、神代で神と戦えない。その成果が……カンナだ!」


 「そんなの……」

 バケモノじゃない!! そう云おうとし、スティッキィは自らの言葉を堪えた。


 デリナから薄々のことを聴いていたライバ、驚きというより、それが確信に変わって、むしろ目まいがした。そんな絵物語めいたものが、本当の本当に存在するのか、という想いだ。


 「ウ、ウガマールでは、いったいいつから、そんな大それた研究を……!?」


 「少なくとも五十年以上前からだ。クーレ神官長が神官長へ就任してから、より迅速に進められたというがな」


 「五十年も研究して、やっとカンナさんが?」


 「そうだ。カンナで、七十七人目だ。七十六人は、つまり……バグルスとの融合に失敗して死に……マイカの魂魄の一部の移植に失敗して死に……目覚めてもガリアの力の大きさに肉体や精神が耐えられなくて死に……あるいは発狂し……実地検査において竜や他のガリア遣いに倒されて死に……その屍の上に、より研究を重ね……ついに誕生したのが……カンナなのだ」


 さきほど啖呵を切ったばかりのスティッキィ、流石にうつむいて、ぎゅっと目をつむり、ガクガクと震えだした。涙が出てくる。カンナの正体……そう云ってよければ、の話だが……が、そのような生命と神の摂理に反した、大それたものだったとは。カンナは、おそらくそれを知らされずに、ただ自分の恐ろしいガリアを遣って、竜を倒して、ガリア遣いと戦っているだけなのに。カンナを勝手に製作し、利用しているのが、彼女が慕い、心のよりどころとしているウガマールだったとは。


 ライバは逆に、興奮してきた。


 「それで、あの、カンナさんの凶悪なガリアの力や、その強靭な精神や肉体の謎が解けました……すごい……すごい……そんなの、もう、人間じゃない……」


 思わずそう云って、あっ、と言葉をつぐむ。だがウォラはその言葉を待っていたかのように、


 「そうだ。……カンナは、古き竜神を滅ぼし、人の身として新たなウガマールの神となる資格を持っているのだ!!」


 その、見たこともない狂気的な……いや、な笑顔に、ライバもスティッキィも、背筋が凍りついた。


 その笑顔も一瞬で消え、ウォラが何事もなかったように、続ける。


 「だが、その前にまだまだやることがある。……いま、カンナは最後の実地検査に臨むため、最終調整に入った。二人には、カンナの護衛を頼む。カンナは、今が最も無防備だからな」


 また、顔を見合わせる。


 「……ここは奥院宮おくいんのみやでしょお? いったい、誰がカンナちゃんを襲おうってえの? カンナちゃんは、ウガマールで一番偉い神官長の秘蔵っこなんでしょお?」


 「ま、確かに、調整槽へ入ったカンナを襲うのはさすがに重大な倫理違反になるだろう。外で襲うのならばいざ知らず、そこまでして、最終的に人心がついてくるか……疑問だし、神官長の手前もある。だが、無いとも限らない。二人は、カンナの近くへいるだけでいい。……それだけでいいのだ」


 よくわからない。だが、堂々といてよいというのだ。二人はそれで納得し、了承した。


 「だけど、その最後の試験? 検査? 何だか知らないけど、相手は何なのよお。そこらの竜やらガリア遣いやらの生半可なヤツじゃあ、もうカンナちゃんの相手にならないでしょお? まさか、あの岩の中のダール? じゃないでしょうね……」

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