第537話 第2章 3-4 帰還
ウガマールに到着したのは、四日目の黄昏どきで、真っ赤な夕日が大河ウガンを染めぬき、ウガマールの街の灯がそれへ対比して薄暮の薄墨に無数の蛍めいて浮かび上がっていた。天は既に暗く無数の星が輝き、地上の茜色との境が濃い群青色のもやのようになっている。洲を埋め立てた土地に運河が走り、大小の橋がそれらをつないでいた。城壁は無く、川が天然の堀りとなって街を護っていた。
市街へは、いつの時間でも自由に出入りできる。四人は街道の反対側から平原を抜けて街へ入り、そのまま夕暮れの街中を歩いた。カンナは、しかし、ウガマールへ来てより
街は中央にかつての巨大な神聖王宮が王国崩壊後にそのまま大神殿として残り、高い塀によって囲まれ、表が外界、内部が奥院宮として俗世より隔絶されている。
四人は夜陰に紛れ通りをすみやかに抜け、神殿の一角にある詰所へ向かう。松明の火に衛兵がウォラを確認すると直立不動になり、カンナがカルマの身分証と共に持っていた奥院宮秘神官の印も確認して、これも直立不動になる。が、スティッキィとライバは、入域が許可されなかった。
「待て、この者らの保証は私が行う」
ウォラがやや戸惑い、衛兵へ声をかける。
「もうしわけございません、密神官様。大密神官様の令により、身分保障は別途手続きを行い、認められた者のみが入域を許可されます。明日、その手続きを行ってください」
ウォラがウガマールを離れていた、たったひと月ほどに、ムルンベが先手を打ってそのように規則を変更していたとは。ウォラは舌を打った。どうせ許可されまい。
「仕方がない、二人は、ベルトゥリの宿へいったん入ってくれ。奥院宮で押さえている宿泊施設だ。金はかからない。おい、誰か、案内を。私から知らせがゆくまで、そこで待っているんだ。くれぐれも、勝手に出歩くなよ。教導騎士は、ふだんは奥院宮の教練所にいる。いいか、教練所だぞ」
そう云って、ウォラが片眼をつむり、目くばせする。ライバの瞬間移動にかかれば、こんな高塀など、無いも同然だ。
「分かりました」
ライバがうなずき、返事をする。
やがて案内の兵士が現れ、ライバとスティッキィは連れられて行ってしまった。
「さて……」
ウォラがカンナの肩を叩いた。カンナが身震いする。
「バスクスの帰還だ」
二人は奥院宮の闇の奥へ消えた。
4
一夜が明けた。
立派な宿泊施設に案内され、疲れもあってラクトゥス以来のゆったりした寝具でたっぷりとねむった二人は、早朝からの暑さに驚いて目を覚ました。施設は薄茶色い石造りの三階建てで風を通すように窓が大きいが、その風も彼女たちにしてみれば熱風だった。部屋は二人部屋で、宿泊しているのは彼女たち二人しかいない。中庭のような場所に井戸があり、そこで洗面や沐浴をするのは理解した。一階の隅の部屋に、管理人と思わしきウガマール人の恰幅の良い中年男性がいた。薄い麻づくりのゆったりした服を着て、目鼻立ちはサラティス人に似ているが黒髪で薄い褐色肌だった。愛想がよく、髭を豊かにたくわえている。古来よりウガマール地方では最も人口の多い、古ウガマール人だ。
「おはようございます。奥院宮より管理を任されている、イプケです。どうぞお見知りおきを。さっそくですが、施設をご案内します。洗面などはそちらで。厠はこちら。食事は、外に市場がありますので、ご自由にどうぞ。この施設で食事は出しません。部屋の鍵は、内側よりしかかけられません。金品はどうぞ肌身離さずに。お二人はどちらから? サラティスからですか? 両替所は、ちょっと遠いですが、お申し付けくださればやっておきます」
どうせ「些少の」手数料をかすめ取る腹積もりだろう。
「いいえ、散策がてら、自分たちで行います。お気遣いなく」
ライバが事務的な口調でそういうと、礼をして、顔色も変えずに管理人はひっこんだ。
「とにかく、顔でも洗いましょお……」
スティッキィが気だるく、日差しが強くむわっとした空気が既に漂う中庭に出て、井戸から水を汲んだ。
「ちょっと、なによこれえ」
木製の大きな皿みたいな洗面器へ移し、茶色に濁っているのを見てスティッキィが顔をしかめる。
「ウガマールは水が悪いと聞いていたけどね」
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