第497話 第3章 4-1 満月の襲撃

 そわそわしながら、などと云う。スネア族の村に集合した襲撃部隊は、ガリア遣いがカンナ達三人とキリペの四人、それに竜が四頭だ。これまで退治の対象でしかなかった主戦竜が、四頭もおとなしく村の広場に佇んでいるのが不思議だった。一頭は四つ足に太く短い首、大きな頭には頑丈な角が三本突き出ている、よく知っている猪突竜だが、あと三頭は初めて見る。猪よりすらっとしてやや小型だが、これも四つ足で、たてがみと長い角のある精悍な顔つきは巨大な猟犬にも見える。カンチュルクの火草竜かそうりゅうだった。その名の通り草原を高速で走り、グルジュワンの竜とは比較にならない強烈な炎を吐きつける。こんな森では、大森林火災になりかねない危険な竜だ。


 パオン=ミは、それでもかまわず襲撃をすることにした。

 「よし、行け!」


 四頭の竜へ特殊な鞍をつけ、それぞれカンチュルクやグルジュワンで竜騎兵ガルドゥーンの訓練を受けた四人がすみやかに竜を駆り、深夜の森へ消える。それぞれ、四方から村を襲撃する手筈だった。狭い村だ、四頭もの主戦竜が襲撃したら、通常ならば一晩で壊滅する。パオン=ミ達がその中に混じると思って、あのガリア封じのバグルス達がそちらへ集まるのを期待する。


 その騒ぎに乗じ、四人がガリアを出して闇を抜ける。ガリア封じの力が影響すれば、すぐさまガリアに異変がおきるだろうから、その探知のためでもある。


 先頭をパオン=ミ、次がキリペ、カンナ、殿がスティッキィであった。


 カンナはキリペの右手にある、独特な形の刀を見つめた。ウガマールの古代の青銅製武器で、現在は使われていない。ケペシュという名前で、長鉈のような片刃の刀剣だが、剣先が剣の途中から鉤状になっており、かつては楯の向こう側を攻撃すると云われていた。現在はよく遺跡から発掘されている。


 そのケペシュ、時おり木々の合間より射す月光に鈍く緑青に青光りし、ガリアといえども青銅であることが分かる。刀身に四葉の白詰草が描かれていた。ガリア「四葉文よつばもん青銅せいどう眠月刀みんげつとう」であった。いったい、どのような力があるものか。


 四人が密かにユホ村へ近づくと、月光により藍色に輝く森の奥より、竜の吼え声が轟いてきた。さっそく真紅と橙色の火も吹き上がる。竜と竜が戦っているのだろう。竜の声は三種類。ひとつはカンナも聞き飽きた猪突竜。次に、甲高い破裂音のような火草竜、そして、乾いた岩崩れのようなガラガラ音は、アトギリス=ハーンウルムの岩山竜がんざんりゅうだろう。森林で使うので、空を飛ぶ翼を持つ竜はガラネルも配置していないようだ。岩山竜は巨大トカゲのような外観をして、自在に垂直の岩盤を移動できる鉤爪を持っているもので、森林でも地を這って低い位置から火草竜の細く長い足を狙う。


 村の入り口を避け、キリペが前に出ると、藪をガリアで切り開きながら、慎重に近づく。村は静まり返っていた。家々に、明かりも無い。避難しているのか。逃げたのか。


 パオン=ミが再び前に出て、慎重に周囲を伺う。今のところ、何の気配もない。ただ、竜の戦う音や炎が遠くから聴こえ、見えるのみだった。向こうに行っているのか。


 「よし、出てみよう……ガラネルを探そうぞ」

 パオン=ミが密かに走り出た。三人も続く。


 とたん、パオン=ミが火炎かえん華符かふをばらまく。符は次々に蝙蝠やトカゲに化けた。探索するのだ。


 しかし、その符がいっせいにかき消えた。

 「来たか……!」


 煌々と明るい月光下に、赤く明滅する発光器を肩や角、腕に持った小柄なバグルスがずらりと並んで出現した。その数、四人。三人は、目論見とおり竜たちの戦いの場に行ったか。ガラネルはどこか。


 「ここですよ~」


 楽しそうな、明るい声がする。バグルスの後ろに、竜の騎上で使用する銃のガリア「紫禁しきん星天せいてん竜騎銃りゅうきじゅう」を片手で肩に担いだ、ユホ族の民族衣装を来た女がいた。ダールにしては背の低い、ふわっとしたくせ毛の長い巻髪が、今日は肩で揃えてある。歳の頃は、人間で云うと三十代前半で、アーリーやデリナの先輩、死んだホルポスの母カルポスの後輩の世代にあたるダールだ。その大きな眼と快活な笑顔は、歳のわりに小娘のような印象を与える。パオン=ミのほうがずっと大人びて見える。


 紫竜の娘、「死の再生」ことダール・ガラネルだ。


 ガラネル自身は、バグルスたちのガリア封じの波動の後ろにいるため、まだガリアを出していられるのだろう。しかし、バグルスは七人ではなく四人だ。展開される前に、一気に倒せば……。そう、パオン=ミが思考を巡らせたとき、なんと、キリペが前に出た。ガラネルもちょっと驚いたが、なによりカンナ達が驚く。いったい、どうしたというのか!?


 満月が冴えわたった。


 キリペのガリアは、月光下げっこうかでなくば、その力を発揮しない。しかし、月光下では、その力は極端なまでに発揮される。


 「おい、あまり前に出るでない!」

 ガリアが封じられるぞ! そうパオン=ミが云おうとしたとき。

 青銅の特殊な刀が、青白く光った。

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