第496話 第3章 3-3 作戦開始の夜

 「なあによお、パオン=ミ、どういう意味よお、それえ」


 「あやつは観察者よ。ガラネルと通じておるとて、情勢を伝えるだけ。おそらくナランダ局長にも、ガラネルの動静をただ淡々と伝えておるだけだろうな」


 「そうかしら……カンナちゃんは、どう思う?」

 「え?」

 カンナの半顔が、中途半端にひきつった。

 「さあ……」

 マレッティなら嫌みの三つも出るような、完全に気のない返事だったが、


 「油断しちゃ駄目よお。カンナちゃんみたいな素直で素朴な子は、ああいうのに一発でだまされるんだからあ」


 「それこそ、どういう意味ぞ」

 パオン=ミが笑った。


 「ああいうのが大人になったら、あの口先と顔で、一生女から金を巻き上げて暮らせるわよお。そういうやつよ、あいつは。だまされちゃだめですからね、カンナちゃん」


 「う、うん……」

 よくわからぬ。


 「それより、あ奴はもう二度と我らの前に姿を現すまいて。新しい連絡係をよこしてもらおう。そして、攻めかかるのなら、早いほうが良い。ナスペンデッドとスネア、ホールンの竜騎兵と打ち合わせねば……。明日にも、台地へ下りようぞ」


 「そおねえ」


 その夜は鳥肉の塩焼きと雑穀粥などのスティッキィの手料理を食べ、細かな再襲撃の打ち合わせし、早めに休んだ。



 「追いこみ」は、十日もしないうちにもう半分も終わったようなものだった。なにせ、モルトン族とバーリン族をすみやかに寝返らせた。村人により、ユホの内情の一端が分かった。


 スネア族の村にて、若い族長のカノウスがパオン=ミへ細かく報告する。


 「やっぱり、ユホのやつら、旅人を襲って、生贄にしていたようです……ええ、一か月か二か月に一度くらいで。もう、二年ほども前からだそうです。都市政府にも食いこんで、街中でも生贄の儀式を。ただ、街では行き倒れや浮浪者なんかを使っていたそうです。というのも、四年ほど前に、都市内で根を張りかけていた教団組織がそうで……それ以降は、もっと穏健な、現世利益の竜神信仰に転換して信者を集めなおし、穏健な教えの裏で、そういう儀式を」


 パオン=ミとスティッキィが目を合わせた。

 「その、四年前の事件の詳細は、何か分かったか?」


 「私も族長になるちょっと前で、知らなかったんですが、スネア族出身のルーテってのが、玉の輿でトライン商会っていう宝石商の後妻に入りましてね……。ルーテは、よく知ってるやつです。歳が近かったもので。頭もいいし、愛想もいい。村でも特段の器量良しでしたよ。それが、どこからか死竜の教えにハマりまして。『死の舞踊』だかっていう教団の教主に座って、生贄の儀式を、ね……。伝え聞いたところでは、ガリア遣いだったそうです。そんな様子は、微塵も見せてませんでしたけどね。ユホと接触する機会があったのかどうか」


 「やはり、あの居酒屋が怪しい。さかんに、当時の様子を知りたがっておった」


 スティッキィへパオン=ミがささやき、スティッキィもうなずいた。あれから、一回だけ行って、もう全く行ってない。


 「居酒屋ですか?」

 「その、商会の近くに、ユホ族が店主の居酒屋があるのよ」

 「へえ……」

 カノウスが片眉を上げ、なるほど、と小さくうなずく。

 「まあ、よい。竜どもの様子は?」

 「上々です」

 「ユホのバグルスどもは?」

 「あまり近づけないので、詳細は……しかし、姿は見えません」

 「見えぬか……」


 パオン=ミはやや考えたが、考えたところでどうしようもない。バグルスのガリア封じの陣形は、先日のように竜の吶喊で破るしかないのだ。


 「よし……今夜、仕掛ける」

 パオン=ミの眼がぎらりと光り、カノウスとスティッキィに緊張が走る。


 カンナは、森の向うの山肌に斜陽を受けて光るラズィンバーグの街並みを、ぼんやりと眺めていた。



 4


 満月だった。

 ちょっと雰囲気の変わった、昂奮気味なキリペが合流する。

 「どうしたんですか?」

 カンナがおもわず尋ねた。


 「ええ、すみません、私のガリアは、月に関係するものですから……やっぱり、このような襲撃に加われることになって、胸が高鳴るのです」

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