第478話 第2章 3-2 レスト

 「はい、銘は『雉寅文きじとらもん短尾たんび黄眼猫きがんねこ』です。力は……ただの猫なんで、なんとも。情報収集にはもってこいですよ。街中を探れます。サラティスじゃ、よいセチュになれると思います」


 「カンナに何用か」

 「仕事の依頼です。カンナさんは、サラティスのバスクで、カルマなんでしょう?」

 「竜退治か」

 「竜も出れば退治してもらいますけど、ふつうの竜退治じゃありません」

 「では何を退治する」

 「竜は竜でも、ですよ。わかるでしょう?」

 少年が、およそ少年らしくない薄笑いでパオン=ミを見上げた。


 「……依頼主は」

 「ラズィンバーグ政府」

 「そなたは政府の犬か」

 「犬じゃありません……猫ですよ」


 少年が、猫のように目を細め、口端を不気味に歪めた。全く同じ顔を、ガリアである猫がする。


 「……入るがよい」

 「ちょっと、パオン=ミ!!」


 スティッキィが抗議したが、パオン=ミはかまわずレストを屋内に入れた。流し目の薄ら笑いでレストがスティッキィを見つめ、パオン=ミへ続く。


 「……なっまいきな目つきのガキ!!」

 スティッキィ、青い眼を吊り上げ、憤然と家に入った。



 「カンナ、カンナ、おったか?」

 カンナの部屋のドアを叩き、パオン=ミが叫んだ。

 「いるよ~」

 寝ぼけ眼でカンナがドアを開ける。

 「まだ寝ておったのか。もう昼近いぞ」

 「ちがうわよお。いっしょに朝ご飯食べたけど、それからまた寝たんでしょ」

 スティッキィが後ろから声をかけ、カンナは変な笑みを浮かべた。


 「いやあ……なんか、すっごくねむくて……ちゃんと寝たんだけどなあ」

 「客人ぞ」

 「え、お客さん?」

 あわてて眼鏡をし、猫を抱いて会釈するレストを見つめた。

 「はじめまして、カンナさん。昨年の夏の戦いのお噂は、ラズィンバーグでも高名です」

 カンナの頬がひきつった。こんなところまで、どんな噂が広まっているのか。

 「廊下では落ち着いてお話しできませんから、どこかお部屋はありませんか?」


 レストが悠然としてパオン=ミへ云い、一階へ戻って食堂で話をすることにした。その傲岸不遜な生意気さに、スティッキィの顔が、ますます渋くなる。


 「改めまして、レストです。ラズィンバーグ政府で、働いてます。これは、僕のガリアの猫です……銘は『雉寅文短尾黄眼猫』です」


 席に着き、レストは腕の中の猫を三人へ見せた。

 「ちょっと、食卓に動物を乗せないでよ!」

 そういう礼儀にうるさいスティッキィが、注意する。

 「猫といっても、ガリアなんですけどねえ」

 レストの苦笑づらに、スティッキィの憤懣ふんまんへよけい火がつく。

 「おんなじだっつうの!!」

 「尻尾がない」


 え? とカンナを見やる。カンナの緑色の眼が、猫の尻を見つめていた。確かに、この猫には尾が無い。いや、短い。根元で切られたようになっている。


 「短尾種たんびしゅであろう。我らの国ではたまにおる」

 パオン=ミの声に、レストが嬉しそうにうなずいた。


 「よくご存じで! そうです、この猫はどういうわけか、異国の種類なんです……銘で、既にそうなってますけどね。お気づきになられませんでした?」


 やっぱり生意気……スティッキィは、レストに会ってから眉間の皺がまったくとれない。それは、生意気なのもあるが、本質としてやはりこの少年が信用できないからだ。ただの猫が、自分のガリアをやすやすと避けるはずがないのである。猫だが、やはりガリアとして何らかの力を秘めているに違いなく、それが得体の知れなさとなって、スティッキィの警戒心を解かせない。


 「能書きはよい。カンナに……いや、我らに何の仕事を頼みたい」


 パオン=ミが話をリードする。彼女にしても、この少年の危うさは嗅ぎとっていた。能天気で無防備なカンナなど、いいように手玉にされかねない。


 「待ってください。都市政府が雇いたいのは、カンナさんのみですが」

 「料金はカンナの分だけでよい。我らは、カンナより離れられぬゆえ」

 「そういうことなら……いいですよ」

 レストが、割とあっさり承諾した。

 「その前に忘れておった」

 「なんでしょう?」

 「そなたが都市政府の使いであるという証を見せよ」

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