第474話 第2章 2-1 廃墟探検

 「紅茶も売っておったぞ。ここいらで茶を栽培しておるらしい。大昔、我が帝国より伝わったという。これも高かった。かなりの高級品ぞ」


 「飲まないの?」


 カンナが不思議そうに尋ねる。アーリーから、けっこうな資金を渡されているはずだが。


 「あれは、グルジュワンの飲み物だからの」

 よくわからない。

 「それより、二人とも……」

 食事をしつつ、パオン=ミが改まって口を開く。


 「例の、マレッティの関わった宝石商だがの……気になって符を飛ばしてみた。臭うわ。地下室がな。この目で確かめる必要がありそうぞ」


 「臭うって、何があ?」

 「例の教団よ」

 「…………」

 二人で、黙りこむ。

 一瞬、見合って、

 「まさかあ」

 同時に声が出た。

 「その、まさかぞ」

 「何を根拠に……」

 「ゆえに、それを調べるのよ」

 「ふうん……」


 スティッキィ、あまり関心がない。というか、乗り気がしなかった。自分と母親を殺して(自分は生きていたが)逃げて、すぐの話のはずだ。こんなところで、いったいマレッティは何をしていたのか。知りたくもなかった。が、


 「でもまあ、いいけどお」

 楽しげに顔をゆがめる。

 「面白そうだから、クク……」


 それは、マレッティの隠された弱みを見つけてやろうという笑みなのに、カンナは気づいた。


 「カンナはどうなのだ?」

 「わたし?」

 いつものことだが、特に考えはない。

 「別に行ってもいいかな。ちょっと、気味が悪くて怖いけど」


 「あれだけ竜だの暗殺者だのを好き放題に倒しておいて、気味が悪いもなにもないじゃろうが。いったい、何が恐いというのか」


 パオン=ミが無邪気に笑った。カンナは笑えなかった。口元だけ、無理に笑おうとしてひん曲がる。


 (まあ……そうだよね、気味が悪いのは、だよね……)

 「では、さっそく今夜、忍びこもうぞ」

 その後は、たわいもない話で楽しく食事を続けた。



 カンナは食後、狭い浴室で湯を沸かし、沐浴をすると暖炉の前で黒鉄色こくてつしょくの髪を乾かした。風呂で湯にどっぷりと浸かるというわけにはゆかないが、無いよりましだ。風呂の魅力に目覚め始めたスティッキィも、同じように湯あみを楽しんでいるようであった。パオン=ミは、濡れタオルで身体を拭くていどで済ませているようである。


 それから少し仮眠し、深夜にパオン=ミが迎えに来た。カンナは、急に興奮してきた。

 三人は凄腕のガリア遣いであるわけで、封鎖された廃屋に侵入するなど朝飯前だったが、封印を破壊せずに人知れず侵入するには、技術を要した。


 高い塀を上るか、それとも鎖の鍵を開けるか。

 「我の火炎符は、いろいろと便利でのう」


 そもそも諜報員であるパオン=ミ、戦闘にしか役に立たないガリアを遣うはずもない。それに、体術も相当の訓練を受けている。漆黒の物陰の中で、ガリアである呪符をばら撒くと、その呪符たちが結びつきあい、合体して、見る間に梯子となって高塀にかかる。紙切れだが、触ると頑丈で女の一人や二人、びくともせぬ。


 「見えるか? ここだ。さ、上れ」

 暗闇で手をつかんで導いてやり、パオン=ミがささやく。

 「上った後はどうすんのよお、向こうでこの高さを飛び下りれってえのお?」

 スティッキィもささやき声だった。

 「向こう側にも同じものが既にある。足を踏み外さず上れよ」


 云うが、闇に慣れているスティッキィは、猫めいて音もなく上り、そのまま向こうがわに下りた。


 「いいわよお」

 かすかに声がする。

 「次は其方ぞ」

 「ええ……」


 カンナ、当惑するほかない。物陰なので、完全に真っ暗だ。鈍く光る電光を……すなわちガリアの効果の一端だけを発しようとしたが、気配を察したパオン=ミに咎められたので、観念してそのまま上る。


 なんとか上って、手探りで降りる梯子をみつけ、塀の上で体を入れ替え、なんとか下りた。地面に足がつき、ほっと息を吐いた。


 もうその時には、パオン=ミも梯子を下り立っている。

 「うわあ、びっくりした!」

 カンナは気配に身をすくめた。

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