第470話 第2章 1-2 廃屋近くの隠れ家
巨大な門前でガイアゲン商会発行の身分証と通行許可証を出し、さらにここではカルマの身分証も通じるので、カンナは二重の意味で別格待遇だった。パオン=ミが、何日もここで待っていたモールニヤの手配した案内人を目ざとく探し出して、隠れ家まで案内させる。カンナは巨大な階段通路に目を見張った。しかも、街の下部を貫いて、地下通路となり、そのままラズィンバーグの広場前に出る。地下通路と入っても、格子状に組まれた石垣の合間より太陽光が降り注ぐので、思ったほど暗くない。
広場に出て、カンナはその人出に驚いた。まだ午前中だが、まさにごった返している。また、サラティスやストゥーリアと比べても建物の形が歪で密集しており、無数にテラスやら看板やらが頭上に張り出している有様だった。通路や路地も入り組んで、建物の中やは張り出しの下を通っている。また坂や階段が多く、ただでさえ分かりづらい迷路のような道が、三次元に立体交差していた。
これは、はぐれたら迷うのは確実だった。
出歩いている人々のほとんどが他の都市国家等より来ている商人だった。竜国人も混じっており、ここの人間は特に腹蔵無く竜国人にも商品を売るので、パオン=ミが歩いていても、誰も気にしない。
「それは、逆を云えば、ガラネルやらデリナやらの手下が堂々と紛れていても、まったく気づかぬということよ。いや……たとえ本人がいようともな」
はぐれぬようにゆっくりと歩き、パオン=ミがカンナへ囁いた。
なるほど、と思い、カンナも少し緊張する。
街自体の面積は狭いので、広場からそう遠く歩かない内に、三人がしばらく隠れ住むというアパートに到着した。三階建てで、路地裏にあり、目立たないようで、坂の途中で見晴らしがよい。窓から広場も見えるし、山側には市庁舎も見える。ラズィンバーグがある山脈はパウゲン連山の山裾からゆるやかに続いているもので、むしろトローメラ山へ連結している。タンブローナ山という。
そのタンブローナの山肌に、この都市はある。住人は、タンブローナの姿が見える向きで、方角を定めているという。
「では、私はこれで」
案内人はモールニヤが手配しただけあって素性の確かな中年男性だった。代金は、カルマから支払われる。建物には三人の他に住むものはおらず、こういう時のために、管理人付でカルマで押さえている物件というわけだった。
「あそこは、なんで閉まってるんですか?」
カンナが、窓よりめざとく坂の途中にある店舗を発見した。なぜなら、けっこう店構えが大きいのに、店は表玄関はもちろん裏口に到るまで板と鎖で封鎖され、なにやら張り紙がしてあり、建物自体も朽ち果てている。この街では、珍しい一角だった。
「そうねえ、他のところは真新しいのに」
スティッキィも窓より顔を覗かせる。帰ろうとしていた案内人も、窓まで戻り、確認するとうなずいた。
「ああ、あそこはけっこう羽振りの良い、ここいらでは一、二を争う宝石商だったんですが……三年か四年くらい前ですかね、一家使用人惨殺の事件がありましてね……都市政府で接収して売りに出してるんですが、誰も気味悪がって買わないもので、いまでもあのままということですよ。面通りに面した一等地なんですが、さすがにね……」
「へええ、おっかないわねえ。強盗かしら」
スティッキィが顔を曇らせる。
「ところで、ここいらに信頼できる食事どころはあるか?」
「はい、近くにナタルナタルという居酒屋がありますよ。周辺諸部族の楽団や踊り子もいて、賑わってますが、むしろ隠れるには都合がよいかと」
「わかった」
パオン=ミがうなずき、案内人は今度こそ帰ってしまった。
「さっそく、今夜行ってみるう?」
「まあ、まて……」
パオン=ミはガリアである呪符を何枚も出して、それらがまたも小鳥やトカゲの形に折り畳まれると、開け放った窓より飛び出ていった。
「少し、調べてみる」
「念の入ったことですこと……」
スティッキィはあきれ顔だった。
「二人とも、勝手に外を出歩いてはならぬぞ。道に迷うからな。出歩くのは、三人でしばらく周辺を探索してからよ」
「ねえ、パオン=ミ、何をそんなに恐れてるわけえ? カンナちゃんやあたしのガリア、ここじゃ役に立たないとでも?」
スティッキィが腰に片手を当て、やや不満げな声を発した。慎重すぎて、それが逆に不審だった。
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