第455話 第1章 1-3 合流
そうして、四日後に通行証その他装備が所持万端整って、まずカンナとスティッキィがスターラを出た。ゴット村までガイアゲンから案内人もついたので、そこまでは安心だ。そこでパオン=ミと合流する。パオン=ミは、既にゴット村へ先行していたのだ。
パウゲン越えの街道を五日かけて歩き、ゴット村で関所を通ると、スターラ領から抜ける。厳冬期を過ぎたとはいえ、まだまだ山間は猛吹雪に見舞われることも多く、天候をよく確かめて行かないと遭難の恐れもある。しかし、道はよく整備されており、峠の途中にはスーナー村という集落もあって、通るだけなら難しい街道ではない
スーナー村で食料の調達は難しいため、バソまで抜ける約十日分の簡易糧食と、防寒具を用意する。標高が上がるため、スターラの厳冬期装備だ。それでも、トロンバーよりは薄着になるが。
スターラを出て五日ほどは街道を南へ下る。全て野宿となる。スターラよりの工業排水で重金属汚染のある不毛地帯をつっきって行く。科学的な統計が無いので知られていないが、既にパウゲンとスターラ間の正街道に帝国時代より備えつけられている井戸水は飲用に敵していない。が、住んで飲み続ける者もいないので、被害は無い。一度や二度、飲む分には、無害といってよい汚染だ。
三日目までは気温が上がるが、そこから標高が上がりだすのでまた気温が下がる。パウゲン連山の、スターラ側より見ると右から順に最も高く大きな山から順に小さく低くなってゆくのだが、そのちょうど中間の第二峰と第三峰のあいまに、パウゲン越えの山岳街道がある。パウゲン連山は凹型に四連山が並んでおり、スターラ側から見ると、凹の底辺側より見ることになる。したがって最も高いはずの第一峰は遠近感の関係で、第二・三峰よりやや小さく見える。
五日目に、ようやくパウゲン連山のスターラ側の入り口、ゴット村が見えてくる。サラティス側でいう、バソ村と同じ役割をする中継地点だ。人口は五百ほどで、バソのように温泉はないが牧畜が盛んであり、スターラの金持ちたちの重要な食料供給減となっている。もちろん、金さえ出せば、旅人とてその恩恵にあずかることができる。
「じっさい、掘れば湯は出ると思うがのう」
これは、ここで二人を待っていたパオン=ミの言だった。
とにかく三人はゴット村でスターラ都市政府のパウゲン通行手続をうける。昨今は無許可者や、ニセ通行証を持った輩も多く、なかなか取り調べが厳しい。というのも、バソ含めサラティス政府より、無宿人や犯罪者等の素性の怪しげな連中を「こっちへよこすな」という苦情が多いためだ。逆もまたしかりだが、スターラから南へ逃げ出す者のほうが圧倒的に多い。ましてパオン=ミは竜側の国の人間だ。完全に異邦人である。
しかし三人の持つ許可証は、スターラ都市政府の最上級の行政権を付与された通行許可証であるうえに、保証人がガイアゲン商会なので、竜国人のパオン=ミですら、役人と衛視がチラリと見ただけで許可が出た。
二人は一泊して休むことにした。
「食べ物は補給するう?」
スティッキィがうまそうな加工肉の並ぶ屋台を見てつぶやいたが、荷物が重くなるだけだし、余計な道草を食わない限り充分な量を確保していたので、予備として焼しめた乾パンだけ少し補充した。
その夜、カンナとスティッキィは久々に寝床へ疲れた体を横たえ、まともな食事をとった。酒もあった。スターラでは、庶民はすでに見ることすらできなくなったスターラワインだ。ゴット村には都市政府直属のブドウ農園と蒸留所があるので、村でも提供できる。値段も、スターラの三分の一ほどである。
「それでも、一般人には高値の花よねえ。メ……ガイアゲンに勤められてよかったわあ」
人の耳があるので、暗殺者組織であるメストの名を不用意に出さぬよう、スティッキィがしみじみと云う。かつては中堅商社の「お嬢様」であったが、ゆえあって実家は破綻し、十三より売春窟で苦杯をなめきり、精神まで壊し、足手まといとして実の姉に殺されかけた彼女にとって、まさか旅の仲間とこんなところで人並み以上の食事をするとは、夢にも思わない。
「パオン=ミは飲まないのお?」
竜国人のパオン=ミ、真っ赤な葡萄酒は馴染みない。
「我はまだ慣れぬゆえ好まぬ。アトギリス=ハーンウルムのほうは、葡萄酒作りが盛んというが、我らの土地カンチュルクは、肝心の葡萄が採れぬゆえな……」
どこで習ったのか、古い古代共通語訛を話すパオン=ミ、日焼けした顔と低い鼻に意外にぱっちりした二重の眼で、物珍しそうにスティッキィの飲むワインを見つめた。カンナも、薄めたワインを味わう。
だが、疲れもあり、また既に標高が高くなっているので、普段と同じペースで杯を傾けたスティッキィはすぐに酔って気分も悪くなってきて、先に部屋へ帰ってしまった。
「だいじょうぶか、あやつは」
驚いてパオン=ミがつぶやいた。
「スターラを出るのは初めてなんで、きっと嬉しいんじゃないかな」
「そうなのかのう」
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