第454話 第1章 1-2 双子の想い

 「まあ、待て……落ち着け……一人では帰らせん。私も行く」

 なんだ。カンナはホッとした。次の言葉を聴くまで。


 「ただし、スターラの後始末がすんでからだ。それまで、お前は、ラッツィンベルクへ隠れていろ」


 「ラッ……ツィン……?」

 どこなのか。

 「ラズィンバーグのことよ」


 いつも脳天へ響く甲高いマレッティの声が、聴いたことも無いほどに低く憔悴している。トロンバーで、何があったのだろうか。


 それはそうと、ラズィンバーグへ隠れていろとは?

 「意味が……分かりません」

 「意味は、云った通りだ」

 アーリーの素っ気なさは何も変わっていない。

 「それは……そうですけど」

 そうですけど、そうではない。

 「こ、ここにいちゃダメなんですか?」

 「そういうことだ」

 「どうしてです?」


 「もう、お前の英雄譚は周辺まで出回っている……竜の国までもな。何が来るかわからん。デリナか……ガラネルか……。ここでは、おまえを護る人手がない。ラッツィンベルクは、隠れるには最適だ。そこでサラティスにいるモールニヤの指示を受けろ。スティッキィとパオン=ミをつける。最低でも三か月ほどそこで潜んでいろ。けして、独断でウガマールへ行くなよ。な!」


 アーリーの迫力に気圧され、カンナは生返事をするのがやっとだった。

 双子のマレッティとスティッキィが、同じ色の眼でうなずき合う。



 ガイアゲン本部施設内にある部屋へ戻って、マレッティはスティッキィを呼んだ。

 レムラ帝月となって、春が近くなり、暖炉の火も細くなっている。

 双子の二人だが、それぞれ別室をこの施設内にあてがわれていた。

 「スティッキィ、一人で大丈夫? あんた、スターラを出たことないでしょ?」


 かつて精神を壊し、手に負えずマレッティはガリアで実の妹と母親を殺した。殺したはずのスティッキィが暗殺者となって彼女の前に現れた経緯は、第三部で述べてある。マレッティは、ただでさえ情緒不安定なスティッキィが、カンナとなんとかというアーリー馴染の竜国人のガリア遣いと旅などできるのかと、今更ながら心配になった。


 しかしスティッキィはすました顔で、


 「入れ替わりなんていやよお。あたしは、カンナちゃんの手下にしてもらうことにきめたんですからあ。カンナちゃんの行くところ、どこにでもついてくんですからね」


 「なんですって!?」


 同じ顔つきながら、マレッティのほうが、やや表情がきつい。その時も、眉を潜ませ、険しい顔でスティッキィの肩をつかんだ。


 「聞いてないわよ、あんた!」

 「云ってないものお」


 やんわりとした口調ながら、スティッキィ、鋭く、その肩の手を払いのけた。じっとりとした陰鬱な眼で姉を見つめ、口元をわずかに嗤いで歪める。狂気的な迫力は、こちらが上だ。マレッティは、妹のガリアを出さんばかりの殺気に、ひとまず引いた。スティッキィのことだ、本気でここで戦いを始めかねない。


 「……連絡、ちゃんとしなさいよ」

 二人のガリアは、ガリア同士で話すことができるようになってきているのだった。

 「パウゲンを越えてもできるのかしらあ」

 「練習すればできるわよ」

 「そおねえ。楽しみだわあ。南へ行くのは」


 スティッキィがにこにこして、準備のために部屋を出た。マレッティがその後姿を、ドアが閉まるまで刃のような光を放つ目つきでにらみつけた。


 出て行ってしまってから、ドアへ向かって独白した。

 「余計なことを……いつデリナ様から指令が来るかもわからないのに……」


 ホルポスとの戦いがひと段落し、いよいよマレッティは自分が密かに仕えている黒竜のダール、デリナより何らかの命令が来ると考えていた。


 「あたしがカンナを殺すとき…………じゃない……」


 マレッティの顔が、陰鬱な影にゆがむ。

 しかし、スティッキィも、ドアを閉めてから、廊下で立ちすくみ、一人つぶやいた。

 「マレッティ……あんたも……腹をくくらないと……」

 笑いをこらえ、口を手で抑えながら急いで歩きだす。


 「どっちつかずで……いつまでもフラフラしてたら、カンナにはとうてい勝てない……あの……真のバケモノ……バスクスに……クク……クッ……ケ、ケ、ケ……」


 暗い廊下を、明かりもなしにスティッキィは小走りした。引きった不気味な笑い声だけが残る。

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