第445話 茜色のむこうに 3-1 街道筋の異変
さすがに船の修理まで待つ余裕はなく、また別の船の手配も資金面で困難だというので、急遽、隊商はラクティスから陸路を行くことになった。あわてて荷馬車や荷役夫を手配する。
ラクティスからサラティスまでは、徒歩で約八日といったところだった。
「歩きか……」
アートは、船の傷を眺めながらため息をついた。アートだけなら、漁船でも借り切って、船で送ってもらうことも考えられたが、ここから先はサラティス領内だ。竜も出はじめる。漁船一艘の借り切りは、漁師が嫌がって難しいだろう。アートも隊商にくっついて、陸路を進むことにした。
季節は秋まっさかりで、昼間も適度に涼しくなってきた。ウガマール人にすれば、寒いほどだが。
よく晴れた早朝、荷馬車十三台に小麦や綿生地、嗜好品類、隊商の糧食等を満載し、大型のラバを連ねて隊商は出発した。竜も然る事ながら人間の盗賊も恐ろしい。護衛の私兵が十七人で、そのうちガリア遣いは七人いた。アートは含まれない。
高く澄んだ空に筋雲が伸びて、遠くにサティス内海を望み、涼風に吹かれながら隊商はゆっくりと街道を東へ進んだ。街道筋の丘陵地帯はよく整備され、盗賊が現れるような気配はなかった。三日もするとタービノ村が近くに現れる。物売りなどもおり、名物だった。
タービノ村を過ぎると、森林が多くなって竜や盗賊が現れ始めるのだ。
当面の目標は、タービノ村付近まで行くことだった。
快晴が続き、隊商は予定通り三日目でタービノ村近くまで到達した。
異変は、すでに起こっていた。
3
「……おい、どうした、大丈夫か!?」
隊商の先頭を行く護衛隊長が叫び、駆け寄った。ガリア遣いの副長も呼ばれる。
街道に老若男女、何人もの村人が、倒れこんでいた。
既に、死んでいる者すらいる。
その数は、死体も合わせて五十を超えていた。
「早く、手当てを!」
行列が止まり、人が集まった。アートも、何事かと前に出る。
「村の連中か?」
隊商を預かるウガマールの豪商、モアス商会の番頭が、困惑気味にサラティス語で尋ねた。水を与えられ、息も絶え絶えに一人の男性がうなずく。
「り、竜に……」
「げえっ……」
その一言で、村に何があったのか、一同は察した。ウガマールでは信じられないが、サラティスでは最近特に竜の出現が頻発し、時には村が壊滅的な被害をこうむるというが、まさか現実に目の当たりにするとは。
云われてみると、村の方角にうっすらと煙がたなびいている。竜の火にやられ、村は既に灰塵に帰したか。
「どうします」
「と、云われてもな……」
番頭は頭を抱えた。
「一刻も早くサラティスへ行って、都市政府に報告するしかないだろう。我々に、他に何ができる?」
「ですよね」
ガリア遣いたちも含め、安堵しつつ、これからの森抜けを考えると不安にもなる。村を襲った竜が、森にいたらと思うとぞっとする。
「どんな竜にやられたんだ? イノシシか?」
ガリア遣いを代表して、副長が尋問した。
イノシシ竜(大猪竜、猪突竜とも)とは、陸上型の、巨大な四足歩行の竜だ。ホールン川を接してサラティスと隣国の竜の国グルジュワン原産で、主戦竜と呼ばれる大型の竜の一種だった。農家や納屋など、突進で容易く崩す。しかし、一頭やそこらでは、村が壊滅ということはない。村にだって、サラティスよりガリア遣いが護衛に派遣されていたはずだ。
「イノシシっつっても、十やそこらは集まらないと、こんなにはならないよ。まさか、大王じゃないだろうな」
大王火竜ならばあり得る。出城すら落とすと云われる、主戦竜の力を超えた、巨大な深紅の化物だ。
「どっちにしろ、そんな規模じゃあ、あたし達じゃ、どうにもならないよ……」
隊商に雇われたガリア遣いたちが囁く。こちらは隊商の護衛の規模なのだから、当然だ。
「しかし、偵察くらいは行かないと」
護衛隊長の声に、ガリア遣いたちがかみついた。
「なに云ってるんだい。隊商を離れられないよ」
そうだそうだ、の声。
「無理に行く必要がどこにあるってんだい?」
「政府に報告するんだろ?」
「この状況だけで充分だろう!」
「村の捜索は、都市政府の仕事だよ!」
喧々諤々のガリア遣いたちの攻勢に隊長も気押されしつつ、
「村人を見捨てて、逃げて来ましたって云うのか?」
「仕方ないだろう!」
護衛隊長が番頭を見た。
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