第439話 神々の黄昏 4-3 帝立書庫

 皇帝家の持つバグルス技術だ。それをどうやって得るか。いきなり皇帝へ言上しても、どうにもならないだろう。からめ手から関係役人を買収し、誰か、皇帝家の人間に取り次いでもらうのが手っ取り早いとデリナは考えていた。また、バグルス製造に関する秘文書が書庫に眠っている可能性もある。


 「なに、いざとなったら、私の力で、どんな自白剤でも調合してみせるわよ……」


 時折デリナが見せる、不気味な笑みと毒色に変化した瞳の色は、アーリーはどうしても好きになれなかった。おくびにも出さないが。


 「まさかそれを、皇帝へ使うわけではあるまいな」

 アーリーの声で、デリナは「はた」と我へ帰った。

 「まさか……そんな、まさか。いやねえ、そういうふうに聞こえた?」

 「いや……」

 「まず、行きましょう」


 二人はグルジュワンの従者を連れ、山道を歩き、宮城内の奥まった場所にある、火災予防の頑丈な漆喰壁に守られた巨大な建物に案内された。


 その建物を見ただけで、二人は圧倒された。カンチュルクの王宮や、グルジュワンの政府庁舎に匹敵する規模だ


 「あの……これが、ぜんぶ、書庫ですか?」

 思わずデリナも、案内の役人に素が出た。

 「え、あ、はい」

 若い下級役人が、ダールの思わぬ町娘みたいな声に、驚きつつ、


 「ここが書庫です。中には事務室や、宿泊施設もございます。私めは、立ち入ったことはございませんが……」


 そう云い、書庫の役人と交代した。


 巨大な入り口より中に入って、二人は二度驚いた。大広間から八方に通路が伸び、一部は別棟の建物へ続いているが、奥の部屋の書棚には何万冊……いや、何百万冊の書物が整然と並んでいる。


 「これを……見るのか……」

 さすがのアーリーも顔を曇らせた。これでは、何十年とかかるやもしれない。


 しかも、探すのは、「黄竜のダールに関する記録」ではない。そんなものは、最初から無い。あれば苦労しない。あらゆる目ぼしい資料を漁り、「黄竜のダールに関する記述」をどんな小さなものでもよいから片端から集め、編纂しなくてはならない。自分たちが、「黄竜のダールに関する記録」をこれから造るのだ。


 「おなか痛くなってきた……」

 デリナも、目尻に皺を作った。

 「書庫長のクァン=ライラォです」


 云われ、振り返ると、いかにも人品の良さような学者然とした髭の長い役人が、長袖衣の朝服を着て、現れ、礼をした。ダールが来るというので、わざわざ正装で待っていたようだ。アーリーとデリナも、丁寧に礼をする。


 「どうぞ、ごゆるりと、調べ物をなさってください。わが手の者も、自由に使ってください。黄竜のダールに関しては、ある種の禁忌の部分がございましてな……我々では、手が出せないのです。おなじダールであるお二人だからこそ、このたび、初めて研究ができるのです。これは、我々にとっても、願ってもないこと……」


 二人は目を合わせた。そうなのか。

 「これは内々に願いますが……」

 書庫長は声を潜め、懐より小さな手帳のようなものを出した。


 「差し出がましいとは存じますが、私めがあらかじめ、目ぼしい資料を見繕っておきました。まずは、ここから手をつけてみてはいかがでしょう」


 デリナの顔が晴れる。声は出さずに、手帳を受け取り、深く礼をした。書庫長は若きダールたちを満足そうにみつめ、退いた。


 「まずはあの人を味方につけて……いろいろと進めてゆきましょう」

 「そうだな」

 研究室として一室も与えられ、その日よりさっそく二人の地道な作業が始まった。



 5


 あっという間に三か月がすぎた。年末になって寒さはいよいよ厳しくなり、宿舎から歩いて通うのが辛いというので、デリナはもう半月も書庫へ泊まりこんでいる。火を司るアーリーも寒さは苦手だが、カンチュルクの冬も似たような気候なので、慣れていた。デリナは南国生まれの南国育ちであるから、このあまりの寒さに戸惑っている。


 さて、三か月で千冊に近い書物を読み漁ったが、黄竜のダール失踪に関しての記述は、これっぽっちもないのが現実だった。書庫長がこっそり作ってくれた目録を頼りに当時の貴族の日記や、事件簿、儀式の記録を丹念に調べているが、目ぼしいものはない。当時、「ショウ=マイラ」というダールがいたというのは、グルジュワンやカンチュルクの記録にもある。そのショウ=マイラの名すら、ショウ=メンワだったり、単にショウだったり、シャオ=ランというのもあった。中にはリャクオン=カイという、誰なんだこいつは、というものにもなっている。

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