第433話 神々の黄昏 3-1 グルジュワンにて

 アーリーがカンチュルクの、粗野ながら野味あふるる肉料理を大量に用意し、宴が始まった。羊肉や竜肉の茹で物、焼き物、さらに揚げ物だ。味付けは岩塩が主で、あとは野草を利用した香辛料と、唐辛子。臓物料理もあった。とにかく、カンチュルクは肉を食べる。いや、肉しか食べない。草原を畑にするとすぐ土地がダメになるので、野菜が採れないのだった。しかしここは王都なので、周辺に土壌改良に成功した農場があり、野菜や果物が採れる。が、いまは冬なので、わびしい芋類や、干した唐辛子類しかない。


 「では、乾杯」

 「乾杯」

 二人で盟約成った祝いの礼をし、杯を傾けた。

 デリナは珍しがり、アーリーの手料理を旨そうに頬張った。

 「お口にあいましたか」

 「ええ、とてもめずらしく、美味しいです」

 その日より、二人の親密なつきあいが始まった。



 3


 その後、二人はカンチュルクとグルジュワンを往き来し、互いの王と連絡を蜜に取り合い、計画を進めた。アーリーは特にグルジュワンへ留学する形で、文献を漁った。カンチュルク藩王のカン=ギヨム八世は喜び、アーリーへグルジュワンをできるだけ長くたばかるるよう指示をしたのは、云うまでもない。自身のお供より、こちらのほうが重大事だ。


 「そうは云っても向こうは元より権謀の国……こちらの思惑など、とっくに知った上での、だまされたふりやもしれませんぞ」


 老いてますます冴え渡る内務大臣、王へ忠言する。


 「それはそれで良い。黄竜こうりゅうのダールさえ見つけてしまえば、な。どうせ、向こうも同じ考えだろう。相身互いよ」


 「如何様いかさま


 「アーリーへ手紙を。そろそろ、帝都の書庫へ行き、新しい情報を得るようにと。グルジュワンの文献でも、目ぼしいものはない」


 「ハハ」

 内大臣は、さっそくそのように手配した。



 グルジュワンの藩立学校において、アーリーは静かにデリナと資料の研究の日々を過ごした。自由気風のカンチュルクと違ってグルジュワンは何事も格式ばり、アーリーは居心地が悪かったが、やがて慣れた。デリナも、ダールとして高い地位を与えられており、人形のような役人たちを使うときは、芝居がかった妙な話し方をする。そういう慣習なのだそうだ。


 「畏れながら申し上げます。デリナ様、尚書令しょうしょれいさまが御呼びでございます」


 両手を前で合わせて深々と礼をし、長袖の朝服に身を包んだ、何の仕事をしているのかもよくわからない高級役人が、執務室兼研究室のデリナを呼びに来た。


 「何用かえ?」


 眼鏡をしたデリナが冷たく云い放つ。尚書令とは、カンチュルクでいう筆頭大臣のはずなので、アーリーと云えどもそう邪険にはできない。グルジュワンでは、ダールの地位が相当に高いのだった。


 役人はしかし、合わせた両手を前に出して掲げ、腰を深く曲げて礼をしたまま、爬虫類めいた眼をチラチラとデリナの向かいに座っているアーリーへ向け、押し黙っていた。


 「我が客人に対し無礼であろう」

 役人を見もせずに、筆で書き物をしながら、デリナの声が響く。

 「……明後日の朝義の件、とのことでございます」

 「またかえ。朝義の件は、これ以上何を打ち合わせることがあるのか」

 「それは、存じませぬ」

 それもそうだ。デリナは鼻面をしかめた。


 「二寸刻(約十五分)後に参ると伝えよ」

 「御意」

 人形みたいな動きで役人が下がる。

 とたん、デリナが眼鏡を取り、息をついて肩を叩いた。

 「ああ、肩凝る。ごめんなさいね。この国は、一事が万事、ああだから」

 「慣れたよ、デリー」


 アーリーが苦笑し、書物を閉じた。グルジュワンにきて約三か月、未だに監視の目は厳しい。


 「それにしても、黄竜に関する記述は、こうしてみるとあまりカンチュルクと大差ないな」

 「そうみたいね。やっぱり、帝都へ出向かないと。そもそも皇帝家のダールなのだから」

 「藩王陛下のお許しは、出ないのか」


 「明後日の朝義で方針が出ると思うんだけど……アーリーもそうでしょうけど、やっぱりダールが長々と国を留守にするのはねえ」


 「私も、また、帰らなくてはならない」

 「お手紙が来てたものね。陛下へ帰国のご挨拶をする段取りを組んでおくから」

 「頼む」

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