第416話 仇討 2-1 暗殺依頼
これは、一介の情報屋が持つには多すぎる。庶民が五、六年は余裕で暮らせる額だ。彼ら最下層が持ったならば、十年は暮らせるだろう。
「必要経費よ」
オーレアの眼が光った。たしかに、これだけあれば、他の組織の
それに、オーレアの恐ろしさは、ハゲネズミがもっともよく知っている。
「や、やってみやしょう」
「よかった!」
オーレアの顔がパッと輝いた。そのまぶしい笑顔すら、ハゲネズミにとっては恐怖の対象だった。
「た、ただし、深入りはできやせん」
「もちろん。あなたの命優先で」
「へ、へい……」
ハゲネズミはまるで信用していなかった。この笑顔で「さっさと死んでね」くらいは、平気で云う女だ。
だが、金払いは本物なのであった。
「ま、できるだけ……」
「期待してるからね」
オーレアが立った。笑顔に、眼が光っている。金をもってとんずらする考えすらおこさせない恐ろしさがあった。オーレアがガランタを出て行ってしまって、ハゲネズミは腰が抜けたように椅子の上でへたりこんだ。
「期待されてもなあ……」
そう云いつつ、懐へ二十五トリアンをゆっくりと仕舞いこんだ。久しぶりに持つ感触だった。落ち着くと、笑みも出る。
「ほどほどにな」
いつの間に出てきたものか、カウンターから主人の声がして、ハゲネズミは飛び上がった。
組織に迷惑かけるな。そういう意味だ。
「へ、へへ……へ、も、もちろんで……」
考えてみれば、オーレアも組織も、両方恐ろしい。金に眼がくらんで、とんでもないことにつきあわされている。ハゲネズミは後悔していたが、
「それでも、やっぱり、おれは金がほしい……」
それにつきた。
2
オーレアの仇は、端的に云うと一族の内紛である。何百年も前よりの所領だった農園を一族で少しづつ分け合い、緩慢に没落を続け、いよいよオーレアの父母の代で清算することになった。これで一族は散り散りとなって、完全に歴史を終える。
そこで、かつての所領に比べると猫の額ほどになった農園をどう清算するかで揉めた。この食糧難の時代、どこでも引き取り手はあった。どうして清算に到ったかというと、盗賊や竜の対策へ物理的に手が回らなくなったのと、対策の費用が嵩んで赤字になったためだ。売れるうちになるべく高く売らなくては、買いたたかれる。
長々と当時の状況を思い起こしても詮の無いことなので、詳しくは割愛するが、結果としてオーレアの父母は相次いで死んだ。オーレアの兄が清算の手続きをすすめ、ようやくグラントローメラ商会に高値で買ってもらえることになった。
その矢先、兄も死んだのである。父母は不審死だったが、兄はオーレアの目の前で殺された。殺したのは、『はとこ』のパウラという年上の女で、父母は幼いころを知っていたようだったがオーレアはほとんど面識が無く、清算のときに突如として現れた自称に近い親戚だった。そのパウラが、まさか、ガリア遣いであるとは夢にも思わなかった。兆候はあったオーレアのガリアも、その時、完全に発現した。
パウラには、逃げられた。
どうも、既にスターラで暗殺の仕事をしていたようだった。
パウラがどうして兄を殺したのか、父母を殺したのもパウラなのか、どうして自分を殺さずに逃げたのか、まるで分らなかった。しかし、なんとか金は既に受け取っていたので、清算は無事に終えることができた。
そしてオーレアは「けじめ」として、仇討を決意したのだった。
オーレアは、仇を探すため、約一年前に、スターラの暗殺組織へとびこんだ。そしてこの一年で、一気に組織のトップクラスへのし上がっていた。
そのオーレアへ、次の依頼が来たのは、四日後のことだった。またクラリアとの仕事だったが、クラリアがどういうわけか断ってきたので、オーレアが不思議がった。ガランタとは違う、個室付きのいきつけの酒場で、二人は密会した。仕事の打ち合わせは、最も奥の、誰にも気づかれない小部屋をいつも貸切る。
「どうも、乗り気がしない」
テーブルへ肘をつき、銅のゴブレットで薄いエールを舐めて、クラリアが顔をしかめた。
「どうして?」
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