第411話 死の舞踊 5-3 狂言

 そのルーテが、左手を前に出す。そこから糸が伸びて、糸の先には小さな操り人形があった。布の服を着た、愛らしい子供の木の人形だった。


 「……ガリア……!!」


 「そうよ、マレッティ。これが私のガリア『影操えいそう紫布しふ木偶でく』……こいつらを洗脳し、操っていたのは、私のガリアよ」


 やんぬるかな! 

 「あんた……が……死の……舞踊……の……」

 「ご名答」


 ルーテの顔が、氷のように冷えて固まった。

 「生贄はあんたよ、マレッティ。バソに行く途中から、目をつけていたの……」

 「誘……拐……されてたん……じゃ……」


 「普通に、教団の用事でバソに行く途中だったのよ。私が、あいつらにあなたを襲わせたの。予想外に、返り討ちにあったけど……でも、よけい、いい生贄になると思って」


 マレッティ、怒りと衝撃でブルブルと震えだした。

 「おや、まだ震える余裕があるの。さすがね」

 「ぜんぶ……狂言……だったってえの……」


 「そうよ。こいつの息子はとっくに私が生贄にしてるし。こいつも、ずっと私が操っていた。この店の人間も、全員」


 「……どうし……て……」

 「みんな、ガラネル様のためよ!」

 「ガラ……ネル……!?」


 「偉大なるダールの統率者よ。いずれ、こちらの世界を支配する……そのためにも、死を司る紫竜しりゅうの信奉者を増やさなくては……」


 「ぬ……うう……!!」


 マレッティが、歯を食いしばり、ルーテのほうを向きはじめた。落としたガリアが、再び右手に握られる。少なからずルーテが驚いた。


 「すごい……私のガリアをくらって、そこまで動けるなんて……」

 「殺して……やる……わ……よ……」

 マレッティの顔が怒りで狂気的にゆがみ、殺意で爆発しそうだった。


 「でも残念ね。これで、どう?」

 ルーテが右手も前に出す。そこには、二体めの人形があった。

 より強力な力が働き、マレッティの動きが完全に支配された。

 「ほら、踊りなさい、ほら、死の舞踊を踊るのよ、マレッティ!」


 マレッティは奇妙な踊りめいて身体が完手に動き、やおら、手足を振りながらくるくると回った。何たる屈辱!


 「死の竜神に踊りを捧げて、それから自分でその首を落としなさい!」


 もう声も出ない。そして、自分のガリアですら操られる。ぴたりと動きが止まると、剣先に大きな光輪が出現して、甲高い音を立てて回転をはじめる。それが、自分の首に迫ってくる。


 「……ク……!!」


 マレッティ、目を剥いて抵抗した。ガリアを持つ右手が痙攣する。冗談ではない。こんなところで、しかも自分のガリアで死ぬなどと。


 「こいつ、まだ、そんな力が……!」


 ルーテが立ち上がる。両手を掲げ、二体の人形へ同じ恰好をさせ、同時にマレッティを操る。


 光輪の刃が、マレッティの白い首の皮を切って、血が出た。

 もう、だめ……。

 マレッティ、涙が流れた。


 バアン! と音がして、天井の空気穴にある木の格子窓を突き破って、闇が飛び下りてきた。


 「!?」

 ルーテとマレッティが、同時に何事かと思った。

 マレッティは、既にその女を見ていた。


 背の大きな、真っ黒い気配に包まれた、謎の女だった。漆黒の絹のマントへ身を包み、既にフードはとっていた。波うつ黒髪が、蝋燭やランタンの多数の灯へ艶やかに光っている。その真っ白い丸めの顔が、にやついて笑っている。その両目が、髑髏ドクロめいて虚空の闇に見えた。


 「な……何者……!!」

 ルーテがひるむ。

 「ガラネルの安い飼い犬が、調子に乗るのもそこまでだえ……」


 芝居じみた、低い声だった。しかし、ドスが効いている。ルーテが震え上がった。

 「マレッティは、我がもらう」

 「なにを……!!」


 ルーテがガリアを掲げる。ルーテのガリア「影操紫布木偶」は、最大で二十人もの人間を同時に操ることができる。強力な洗脳術だ。


 しかし、黒衣の女の右手には、既に杖のようにして、石突きを床につけて手槍が握られていた。槍のガリア遣いだ!

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