第406話 死の舞踊 3-3 死の舞踊

 「竜の国?」

 「死を司るだかっていう竜神をご存じで?」

 マレッティ、少し考えた。聴いたことがある。

 「知識としては」

 「そいつを信奉する一団が、密かに信者を集めてるっていう話がありましてね」

 「ここで?」

 「そうです」


 「竜の国では、大きな教団なの?」

 「さあ、それは、くわしくは知りませんが、そうでもない様子で」

 「へえ……?」

 マレッティ、ますます不思議だった。

 「そんなのが、なんで、ここで?」

 「さあ……とにかく、ここで」

 「それが、どう危ないの?」

 「人をさらって、生贄にしてるんでさあ!」


 マレッティが度肝を抜かれ、エールを詰まらせ、むせた。いまどきそんな、古代の儀式を本当に行っているとは……?


 「ゲホ……」

 「大丈夫ですか」

 「本当なの?」


 「本当かどうかは知りません。しかし、こんな街ですから、一人や二人行方不明になっても誰もわからないんでさあ。人さらいから買ってるという噂もありますし……」


 マレッティ、わかってきた。

 「ルーテさんを誘拐した連中も……?」

 「わかりません」

 「でも、連中、ルーテさんをバソに連れて行こうとしてたわ」

 「分からないです。噂なんで」

 「噂ねえ……」

 猜疑さいぎの目を向ける。そんな噂話を聴かされても。


 「とにかく、心配なんでさあ。先生、お願いしますよ、どうか奥様を。奥様は、わしら周辺部族民でも出世頭なんですよ。ラズィンバーグでは、とにかくストゥーリア系かサラティス系の人間でないと、都市政府にも入れないし、まして豪商の組合になんて」


 「ま、その辺は、立ち入らないけど……」

 そういう裏の利権にこそ、余所者が首を突っこんでは、碌なことにならない。

 「そんなのが、いるっていうことだけは、覚えとくわ」


 「若旦那が、奥様憎しでそんな教団と手を組んだ日にゃあ、たとえ奥様をどうかしたって、どっちにしろトライン商会はおしまいですぜ」


 マレッティは唸った。その通りだろう。

 「ほかにその死竜の教団について分かってることはないの? 名前とか」

 「死の舞踊って通名だそうで」

 「死の舞踊……気のきいたような、きいてないような名前ねえ」 

 「あと、でっかい女が首領っていう話も」

 マレッティ、ぎょっとなった。もう忘れかけていたが、鮮明に脳裏によみがえる。


 「それって……あんた、この店に……」

 「まさか!」

 マイネルが驚いて手を振った。

 「そんなはずは」

 「そうなの?」

 「とにかく、お願いします」


 マイネルが何度も頭を下げ、行ってしまう。マレッティはその後、飲んだ気がせず早めに切り上げて商会へ戻った。



 4


 マレッティがルーテの護衛を初めてから、十七日目のことである。気候は春めいて、標高の高いラズィンバーグも暖かくなってきた。雪解け水で水道が冷たく心地よい。


 「どうしても政府庁舎に行かなくてはならないの、マレッティ、警護をお願いできて?」


 聞けば、年に数度ある、経理の監査なのだという。経理責任者のルーテが行かないと、話にならないのだ。


 「もちろんです」


 ガリア遣いであることをまだ隠しているマレッティは、武器屋で仕入れた、こぶりの細身剣の実物を左腰へ下げていた。慣れるために見回りの合間に何度も稽古していたので、そこらの悪漢相手には、これでも充分なほどだった。


 (まさか、こんな街中に、竜は出ないでしょう……)


 マレッティはフード付マント姿で、使用人に囲まれたルーテの少し後ろを歩いた。ルーテも目立たぬフード付マントで、裏口から出る。先日はしかし、そこを襲われ、そのまま拉致されたのだった。

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