第407話 死の舞踊 4-1 待ち伏せ

 「念のため、道を変えましょう」

 マレッティの提案で、いつもの道とは異なり、遠回りをすることにした。


 市庁舎はこの立体迷路都市にあって、最も奥まった、かつての断崖を背にした高い塔の下にあった。複雑に入り組んだ路地裏を選べば一回も表に出ることなくたどり着くこともできるが、ルーテ達の誰もそんな裏道を知らなかったので、素直に外を歩く。それでも、建物の下を通ったり、地下に入ることもあった。とにかく高低差が凄い。


 狭い街なので、通常は四半刻もせずに到着する市庁舎に、たっぷり一刻をかけてたどり着く。慣れない長時間移動に、お付きの者は疲れ果てていた。が、ルーテはケロリとしている。


 「私は、幼いころは台地を歩き回ってましたから」


 なんともいえない寂しさと自慢が混じった複雑な微笑ほほえみで、庁舎に入ってフードをとったルーテが云った。


 経理の監査は、夕方近くには終わった。

 些少の「袖の下」効果もあったようだ。

 「まあ、うまくいったほうね。最近は税金も高いし、やりくりがたいへん」

 「住民税が上がってるんですか?」

 暗い庁舎の廊下で待っていたマレッティが尋ねた。


 「住民税と、所得税ね。この街にも、いよいよ竜退治の出張所ができるようなの。その報奨金へ回すために、都市政府で少しづつ積立を始めてるようよ」


 「出張所って、サラティスの?」


 「そうみたいね。ここじゃ、あんまり竜は出ないけど、麓の村がね。あと、バグルスって知ってる?」


 マレッティ、聴いたことがない。


 「人工的に作られた、半竜人ダールがいるんですって……サラティスじゃ、もう何人も退治されてるそうよ」


 「そんなのが……」

 「とりあえず、戻りましょう……私たちの危険は竜じゃなく、セリーノさんだわ……」


 ルーテが浮かない表情でマントをつけ、深くフードをかぶる。自分の命を狙っている相手に気を使ってさん付けとは、奇特な人だなとマレッティは思った。なんにせよ、ルーテの身を護るのが当面の仕事だ。気を抜いてはいけない。


 帰りは別の道筋を通ろうと思っていたが、使用人たちが不平を漏らしたので、仕方なく少し早道を行くことにした。確かに、また一刻をかけて戻っていたら日が暮れる。狭い街の中で襲われたら逃げようがないし、ルーテを見失ったら探しようがない。


 市庁舎からフード付マント姿の集団が素早く出る。みな同じ格好なのも、賊を惑わせる作戦だった。


 既に日暮れが近く、街灯として表通りに役人が松明を掲げ始める。松明役人だ。通路の壁の専用の台や灯篭に、その晩のうちに燃え尽きる松明を用意する。雨の日は灯篭だけなので暗くなる。松明といっても、生木なまきではなく油をしみこませたおが屑を固めて作った人工物だ。そのほかに、ルーテたちは四人の使用人のうち二人がランタンを手にしていた。


 まだ通りには人が多くいる。帰宅ラッシュの、最後のほうという印象だった。みな、この大通りを通って街の外の自宅へ帰る。大通りは、街の中から見ると、地下街へ通じているように見える。


 そこから素早く、石の階段路地を上がって、建物の裏手の細道を行く。回り道だった。そこを通って、また階段を少し下がり、途中の路地へ入る。入り組んだ道を進み、また少し階段を上がって少し行き、今度は少し戻って、張り出している建物の真下の空間を通って、違う路地へ入った。慣れない者はもうこれだけで、方角と位置を完全に見失うだろう。


 しかし、マレッティは気が付いた。遠回りをしているが、的確にトライン商会へ近づいているのを。見慣れた景色が遠回りに、近づいているのだ。螺旋状に、路地を進んでいる。これは、待ち伏せでもされない限り、襲われる心配はないだろう。そう思った。


 ところが、待ち伏せされていたのである。


 人一人がやっと通れる路地で、前から同じくランタンや松明を持った一団がやって来た。こんなところですれ違うのは、まずありえない。住民だとしても数や様子がおかしい。


 「ルーテ、下がって、下がって!」

 マレッティが無理やり前へ出る。腰の細身剣を抜いて、真半身まはんみに構えた。


 相手もフード付マントの暗殺者然とした数名で、マントの下より短剣や、それへ匹敵する大型ナイフ、さらには小剣を手にし、影となって連なり、迫りくる。マレッティは視界を確保するためにフードを脱ぎ、腰を低くして迎撃の構えをとった。実戦経験はまだ少ないが、マレッティの心に余裕はあった。こういう細い路地で、いわゆるフェンシング術であるカントル流は絶対的に有利だ。


 「…ィエヤ!!」


 先頭の短剣使いには、剣をしならせ、上から叩きつける動きを見せながら瞬時の手首の反動で剣先が下から正確に肘の裏の腱を切り裂いた。

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