第400話 死の舞踊 1-3 五十トリアン

 ストゥーリアの裏界隈で暮らした三年で、すっかり裏の世界へ馴染んだマレッティ、すぐさまその正体に気づいた。


 (どうせ、商品搬送のついでに、あたしもひっさらおうって魂胆でしょうけど……)


 ただでさえ面倒を起こして逃げてきたのに、ここでさらに面倒を起こすのは御免だ。しかし、降りかかる火の粉は払わなくては。


 「おい、こいつを見ろ。こっちは真似事じゃあねえぞ」


 二人がマントの下より、大きな戦闘ナイフと、もう一人が護衛用の短剣を出した。刃物を見せれば、一般人は怖気おじけづく。脅して云うことを聞かせようというのだ。この狭い崖っぷちの山間街道で立ち回るほど、彼らも素人ではなかった。


 問題は、よもや相手がガリア遣いだとは、夢にも思わなかったことだろう。

 「面倒くさいわね」


 マレッティ、怖じけるどころか、杖へ重ねるように半実体化してガリアを出すと、杖で突いていると見せかけて、一気に心臓めがけて突きかかり、二人を見る間に突き殺した。

 呻いて、二人がばったりと倒れた。


 「え……!?」

 当たり前だが、怯んだのは残りの三人だ。

 パッ、とマレッティの手元が光った。


 光の塊が三つ飛んで、残る三人もそれぞれ胸や胴体を切り裂かれ、血を噴き出して倒れ伏す。


 残る女、悲鳴もなく立ちすくんで、おこりのようにガクガクと震えている。

 「ちょっと、あんた」

 「ヒッ……」

 やはり、女の声がした。マレッティよりかなり年上の雰囲気の声だった。

 「手伝ってよ」

 「は……」

 「早く、手伝わないと殺すわよ!」

 「助け……お助……け……!!」

 「助けるから、手伝ってってば!」

 マレッティが手招く。

 「な、なに……を……」

 「こいつらを捨てるのよ。このままじゃアシがつくでしょお!?」


 二人のフード付マントの女が、死体の足元と腕などを持って大の男五人を順に引きずって移動し、そのまま山間街道から崖下へ捨てた。死体は適当に転がって、岩や灌木かんぼくに引っかかって止まった。誰も気にもとめないか、見つけてもどうしようもないだろう。


 血の跡が残ったが、土をかぶせて擬装ぎそうする。

 「ありがと。じゃ、あたしはこれで……」

 マレッティが行きかける。

 「ま、まって、まってください!」

 女がとりすがった。

 「な、なによ……面倒はごめんだわ」


 「お、おかね、おかねを払いますから、どうか、どうか私を護ってください、ラズィンバーグまで、送り届けて……」


 膝を折ってマレッティのマントをつかむ手が、ブルブルと震えていた。

 「お金って、いくらなのよお」

 「いく、いくらでも……」

 「どうせ道すがらだから、別にいいけど……」

 云いつつ、一瞬、ほっとした女のその手をマントを引っ張って振り払い、

 「いくらでも、なんて無責任に云う人は、信じらませんので」

 マレッティ、嘗めつくした辛酸に、異様に金銭へこだわる。

 「じゃあね」

 「待ってください!!」

 女がフードをとった。


 年のころ、二十代後半の、長い黒髪も美しい、薄い褐色肌のラズィンバーグ周辺諸部族の顔が現れる。すっきりと通った鼻筋に、大きな眼、太い眉、薄い緑の瞳が特徴的だった。顎に小さなほくろがあった。


 その顔が、必死さにひきつっていた。

 「お願いです、いまは何も持っておりませんが、私の夫は、トライン商会の当主です!!」

 「知らないわよ」

 「本当なんです、ラズィンバーグでも指折りの宝石商です!」

 「宝石商……!?」


 マレッティの眼がフードの奥で光った。確かに、そんな顔立ちと雰囲気をしている。妾っぽいというか。さしずめ、その主人とやらの後妻におさまった口だろう。


 「じゃあ、五十トリアンでいいわ」


 マレッティ、ふっかけた。自分が三年間、中の上クラスの娼婦として稼いだ額が、およそ百五十トリアンだった。その三分の一を、ただの一回の護衛でよこせというのだ。

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