第364話 第3章 3-2 カンナ轟雷

 これ幸いと、スティッキィが距離をとる。既にカンナ、全身からスパークを発し、眼鏡の奥では両眼が体内の、魂魄の、血液の奥底よりわき出る電流を投影して蛍光翡翠に輝いている。音響で周囲の雪が崩れ、氷の粒が浮かび上がって踊っていた。


 「うわああ!」


 カンナが黒剣を横殴りに振りつけると、ドオっ……! と衝撃波が放射状に広がった。雪がめくれ上がり、木々がなぎ倒され、毛長どもが木っ端のように吹き飛ぶ。ひしゃげ、内臓が破裂し、転がって動かない。凄まじい威力だ。


 さらに、第二陣にむけては、突きあげた黒剣より稲妻の奔流が襲いかかる!


 破裂する閃光と空気を引き裂く轟音! 高電圧が無理やり物体を蹂躙する爆発がそこかしこでおき、十頭ほどの毛長どもめ、一瞬で黒焦げとなって横倒しとなり、無残な姿をさらした。


 「うっひゃあ……」


 閃光と衝撃より顔を腕でふさいだスティッキィ、おそるおそる顔をあげ、初めてカンナの「本気」を目の当たりにし、魂消た。無条件で震えがくる。


 (こんなの、どうやって殺すのよお、バカじゃないのお、マレッティ……)


 人間じゃない。直感でそう思った。何かあったら、絶対にカンナの味方をしよう。そう誓った。愛しているが、同じほど憎んでいる双子の姉である。カンナを敵にして、心中なんかごめんだ。


 それはそうと、いまは迫る竜の群れだった。


 スティッキィも気合を入れ、身構える。カンナほどではないが、自分のガリアも、こんな竜の群れのひとつやふたつ、やれるはずだった。


 (マレッティにだって、できてるんだもんねえ……あたしだって、サラティスじゃカルマのはず……)


 動揺を鎮め、殺気をと尖らせる。ガリアの闇が広がった。カンナを回りこんで、スティッキィへ数頭の毛長と、二頭の雪原竜が突進してきた。


 「ふうぅ!」


 猫科の猛獣めいて威嚇音を出し、スティッキィの眼が殺人者のそれとなる。影色の細身剣を振りかざすと、闇の星が回転しながら幾重にも出現した。雪面を暗黒に染め、次々と竜へ突き刺さる。竜を相手にするのが慣れていないし、切れ味もマレッティの光輪のようなスライサーではなく歯の荒い回転ノコギリのようなものなので、いまいち輪切りスライスとはゆかなかったが、喉や腹などの急所を的確に切り裂いて、毛長どもは引き裂いたボロ布みたいになって血と臓物をぶちまけた。


 次は雪原竜だ。まともに見るのも初めてだった。体高は五、六十キュルトほど。短い首に角のついたつぶれ顔があり、長い毛をたなびかせ、大きく太い前足でかきこむように走ってくる。後ろ足が短く、尾も短いとあって、竜というには異様な姿だった。この南方ではかなり気温が高いので、冬毛のままでは体温が上がりすぎて死んでしまう可能性もあるが、かまわず全力疾走だった。


 上昇した体温を吐き出すように、真っ赤な口より炎が吹きつけられる。が、スティッキィの闇星は回転で炎を散らしつつ、その目を潰し、前足の裏筋を絶って自由を奪った!


 豪快に前倒しに倒れたところを、星の群れが流星となって襲う。ほぼ首を切断され、絶命した。しかし二頭目が迫った。竜の攻撃には一定のパターンがあって、マレッティなどは身体で覚えているので、無意識に二撃めを繰り出すが、スティッキィは気づくのに遅れ、そのまま接近を許した。


 「ウ……!」

 焦った意識にガリアが委縮し、星が出なかった。


 バアッ、と閃光が走り、音圧でスティッキィも飛ばされる。雪に尻もちをついて数十キュルトも滑り、あやうく沢におちかけた。


 そこらの枝をつかんでなんとか体制を戻して立ち上がり、見やると、半身の焼け焦げた雪原竜が、がっくりと同じく焦げた立ち木をへし折りながら崩れた。


 カンナの雷撃だ。

 音響圧で攻撃しなかったのは、スティッキィを護るためか。

 それでも、かなり加減していたのだろう。雪原竜はまだ生きていた。

 (もしかして、あたしも足手まといかしらあ……?)


 確認すると、カンナが懸命に雪の中を走って距離をとっている。竜の群れがカンナを追うのが、気配で分かった。


 「カンナちゃあん!」

 スティッキィが叫ぶ。

 「死ぬんじゃないわよお!!」

 返事がわりの、雷鳴が轟いた。

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