第352話 第2章 5-5 光輪乱舞
フルト達が沸き立った。クラリアは大きく息をついた。心臓が破裂しそうだ。足が震えた。初めて人を殺したときすら震えなかったのに。
「なあによお、あんな木偶の坊やドラ猫に苦戦するなんてえ。ガリアの遣い方を考え直したほうがいいんじゃないのお?」
甲高いが、据わった声がした。数人の「取り巻き」を従えたマレッティが到着したのだった。みな、厳冬防寒着を着こみ、かんじきを履いている。歩いてきたのだ。
「マレッティのねえさん……!」
クラリアが似合わぬ安堵の顔を見せ、声を発した。年上にねえさんなどと呼ばれる筋合いはないと思ったが、マレッティは黙って不敵に笑うだけだった。
「途中で吹雪になっちゃって、遅れたわあ。……あんた、人しか殺したことないから、こんなことになるのよ」
マレッティが腰へ手を当て、小柄なクラリアを見下ろした。
「め、めんぼくしだいもねえことで……」
「アーリーが、どうしてあんたを大隊長にしたか……それはわからないけど、とんだ見こみ違いになるところだったようね」
クラリアが、グッと息を詰まらせる。何も云い返せない。この失態を咎めているのではない。ガリアが出なくなるほど竜に屈服した、弱い精神のことを咎められている。なにが凄腕の暗殺者か。マレッティにはお見通しだ。
「ま、早々にあたしへ援護を頼んだ先見は、ほめてあげるけどお。他の連中なんて、さんざんにやられて……アーボは死んだわよ」
アーボの強さを知っている何人かのフルトが、衝撃にうち震えた。
「あたしを呼んだその判断力も、あんたの実力の内よ。おしゃべりはおしまい。ネコだかウサギだかしらないけど、皆殺しよお……」
その、一瞬だけ見せた残忍な顔に、クラリアですら
その数、周囲だけで、雪花竜が五、兎に到っては数えきれない。
既にここまで、本部は囲まれていたのだ!
クラリアをはじめ、息をのむと同時に震えあがる。
同時に、またも光輪が唸りをあげて飛び、それらのことごとくを、瞬く間に切断した。数十もの竜が、瞬きする間に叫び声と血しぶきをあげ、輪切りになって転がり、残りは蜘蛛の子を散らすがごとく逃げ去った。
「うへえ……!!」
クラリア達、今度は味方に度肝を抜かして、カルマの実力におののいた。
マレッティは
何度も記すが、なにせ、マレッティのガリアは明るい。
闇の中で次々に竜へ食われ、恐怖と恐慌で(こちらも)総崩れとなった第三大隊にとって、その明るさはまさに天国の光に見えた。自然とマレッティのもとへ集まり、その光に照らされた竜たちがマレッティやクラリアたちによって容赦なく野良犬めいて退治されているのを見て驚喜した。合流して、森の奥の避難民たちのもとへ急ぎ、襲われている町人も救出する。町の人間の被害は、思ったより少なかったのが不幸中の幸いだった。
吸血兎も数えると百は竜を退治し、森や雪原を真っ赤に染めたが、第三大隊百人もかき集めると五十人ほどしかいなかった。とんでもない損害だ。約半数が、暗闇の中で次から次に殺されたことになる。なお、避難した約二千のトロンバー町民は、三十人ほどが殺されていた。
「町民たちも、町へ戻したほうがいいかしらあ」
避難所の片隅に簡易雪濠を作って仮本部とし、マレッティとクラリア、それに大隊幹部が軍議を行う。
しかし、軍議の内容を漏れ聞いた避難民の代表をそのまま務める区長達が、町へ帰ってもフルト達の邪魔になるからと、残る意思を表明してきた。また、第三大隊も、ほとんどがここに残るという。
確かに、両者の主張はマレッティも理解できた。森と平原は竜たちが死屍累々で、再度同程度の攻撃があるかどうかは不透明だ。まして、特殊竜はあまり数がいない。残ったほうが安全かもしれない。
また、現実問題、これからトロンバーが決戦場になると予想され、避難民約二千が戻っても護りきれない。かといって、フルト全員が避難民を捨てて町に戻るわけにもゆかない。第三大隊から、数十人は残さないといけない。つまり、有志でトロンバーでの決戦に加わるもの以外は、避難民保護で残るのが良策というわけだ。
「だけど、こっちにまたあの特殊竜たちが来ても、助けに来れないわよお」
マレッティが正直に云う。
「町でもこっちでも、死ぬときは、死にますわ」
トロンバー人たちが、意外に笑ってそんなことを云うものだから、マレッティも目を丸くする。元より竜との戦いの最前線にいるトロンバー人は、竜より人を殺してばかりのスターラ人とはちょっと死生観が異なるのだ。むしろサラティス人に近い。
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