第353話 第2章 6-1 決戦前夜

 「……気に入ったわ。じゃ、遠慮なく行かせてもらうから。クラリア」

 「へい、ねえさん」

 「あんたはどうするの?」

 「あたいは、ねえさんといっしょに」 


 冷たく細い眼に精いっぱいの彼女なりの憧憬と忠誠を見せ、クラリアがマレッティをみつめた。


 「もう大隊長の権限はないわよ」

 「いりやせん、そんなもの」


 「ま、もう三つとも大隊自体が崩壊してるからあ。アーリーとフーリエ、それにあたしを中心にやるしかないんだけどお」


 「ぜひ、おそばに置かせてくだせえまし」

 「勝手にしなさいな……なによ、その下町のチンピラみたいな……」


 そう云いつつ、安売春窟へ出入りしていた若いチンピラたちを思い出し、マレッティは複雑だった。死んでも思い出したくない記憶であると同時に、やはり懐かしい。


 「じゃ、仮眠して、トロンバーへ戻るわよ。アーリーと合流して、敵の本格的な総攻めにできるだけ対抗するわ。なあに、アーリーが最前に出張れば、充分に形勢逆転できるわあ」


 マレッティの言葉に、みな静かにうなずいた。焼きしめた黒パンをヒヨコ豆の薄いスープへ浸して食べ、めいめいに二刻ほどの仮眠をとると、真っ暗のなか、マレッティを含めた七人の志願決戦参加組が避難地を出た。いつも暗いので今が本当は何時なのか分からないのだが、地元民が日の出までは二刻ほどというので、早朝といったところだろう。星空が見えるので、よく晴れていた。したがって放射冷却現象で、異様に冷えている。空気が痛いほどだ。


 「明るくなったら総攻撃が来ると思うから、間に合うかなあ……」

 マレッティが顔をしかめる。

 「天気がよいですから、日の出ころには着きますよ」

 「ぎりぎりかあ」


 距離的には、トロンバーからそう遠くはないのだが、雪が深くて回り道をするため、約二刻かかるのだ。


 「とにかく、戻るわよ」

 マレッティを中心に列をなして、七人がトロンバーへ向けて帰還を開始した。



 6


 そのころ、トロンバーでは、まさに敗残兵の群れが意気消沈し、暗闇の中で息をひそめていた。諸々の理由で町へ残っている約千人の町民が、フルト達を補佐する。火や糧食を用意し、傷の手当てをし、中には見回りまで買って出るものもいた。


 半面、退却戦は成功し、重傷者はあまりいなかった。というよりも、重傷者は置いてきたのですべて死んでいるだろう。相手は竜の大軍……いや、大群であり、こちらは組織的戦闘は初めてでは、仕方もない。生きて戻れただけでよしというところだ。


 フルト達の自信は、完全に喪失されていた。特に第二大隊は、ふだん相手にしている毛長竜と主戦竜との違いを思いしらされた。口には出さないが、自信と共にガリアが喪失してしまったものも、多かったのである。


 だが、もとより竜退治より暗殺を生業としていたものは、意外とそうでもなかった。相手が竜だろうと人間だろうと、あまり心に変化は無いようだった。


 フーリエが生き残りを急いで把握し、大隊を再編成する。それぞれ百ほどの第一・第二大隊は、第一大隊が六十八名、第二大隊が二十七名だった。第三大隊の様子は不明で、マレッティが援護に向かったとフーリエは報告を受けた。


 「クラリア達と一緒に戻って来てくれたら、うれしいんだけどな~」

 暖房と照明を兼ねる大きなかがり火の前で、フーリエがため息まじりにつぶやいた。

 「避難民の保護もあるから、多くは望めまい」


 アーリーも、かがり火にその赤い髪をより赤く映している。町の中央に集められたフルト達の半分以上は、いまだ大敗の衝撃を引きずっていたが、第一大隊はあの謎の三頭白銀竜の登場まで勝っていたので、反撃に燃えている。被害も三割ほどだ。


 ただ、主戦竜やバグルスとまともにぶつかり、アーボも殺された第二大隊は、七割が死に、壊滅といってよい。逃亡者がいないのは、冬だからに過ぎない。逃げても凍死するだけだ。


 「第一大隊を基軸として~、あたしが前面に出ますから~、アーリーさんは~」

 「いや、私が出る。その未知の竜と、高完成度バグルスだ」

 「でも~」

 「お前は、残りの竜どもをやれ」

 「わかりました~」


 大型の竜は意外に昼行性が多く、いまは闇の向こうで休んでいるはずだった。夜も動く特殊竜を警戒していたが、それは集合して第三大隊を襲っている。もっとも、アーリー達は知らないが。


 「北方竜は冬季に本領を発揮するが、短い昼にしか動けないというのは皮肉だな……」

 アーリーは闇の向こうへ眼をやって、しみじみとつぶやいた。

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