第337話 第2章 2-1 奇襲

 三人の大隊長がそれぞれ復唱し、司令部を飛び出た。

 にわかに閑散とし、二人きりとなって、トロンバーへ来て初めてマレッティが口を開いた。


 「ついに始まるわねえ。この前の時のようにいったりいかなかったりでしょうけどお」

 アーリーは無言だった。

 「……で、あたしはどうするのお? また遊撃で出張るう?」


 「いや……恐らく各大隊は、長くは持つまい。ここは城壁もないし、包囲されて嫌でも市街戦になる。我々の出番はそのときだ」


 それは、これまでの軍議でアーリーが一度も云わなかったことだった。

 「ここが既に最前線か。ま、そうなるでしょおねえ」

 乱戦になれば、自然と生き残りはアーリーの周囲に集まるだろう。


 「じゃあ、町の連中はいつ?」

 「早いうちがいい……もう、逃がしておこう」

 「りょおかあい」

 「頼んだぞ」


 マレッティも建物を出た。各隊の残留組を率いて、町民を避難させるのだ。既に森林地帯と平原に大量の雪濠や小屋を用意しており、食料その他も運びこんである。避難部隊の指揮をマレッティがとるのだ。


 だが、ホルポスの攻撃は、初手からトロンバーの破壊にあった。

 いきなりかつ迅速に、奥の手を出してきた。


 一刻半ほどたって、よいかげんにフルトたちが散らばり、順次トロンバーを出てしまって、町民も半分ほど用意していた避難場所へ移ったころ、やおら地響きがし、稲妻めいた竜の咆哮が猛烈な雪の中に轟いたので、さしものアーリーも驚いて飛び出た。


 雪の中、漆黒に針山のような影が小山のごとく存在している。発光器が赤く光り、眼が金色に輝いている。立ち上がると体長百五十キュルト、すなわち十五メートルはある、巨大な竜。大王火竜、大海坊主竜に匹敵する、北の超主戦竜級……氷河竜だ!


 「しまった……!」

 アーリーが顔をしかめた。出陣中のいま、最も本陣が手薄である!


 金切り声のような竜の吠え声と胴体を共鳴させる雷鳴めいた音が響きわたり、氷河竜は凍結ガスを吐きつけた。木造の家などはたちまち凍りづけとなり、あまりの冷気に家から人が転がり出てくるも、出た瞬間に寒すぎて一気に体温を奪われ、動けなくなる。そして、氷河竜と共に紛れてきていた恐氷竜が、次々にその殺人ハンマーのような嘴でトロンバーの人々を襲った!


 さらに氷河竜が家々を破壊して、直接凍結の息を吐きつけ、町人を凍らせる。人間が一息で重篤な凍傷を起こし、あるいは骨まで凍って死んだ。


 「なんということだ!」

 アーリーは己の認識の甘さを猛省した。


 しかも、まだ町に残っていた部隊のフルトが、竜へ迎撃せんとした瞬間、アーリーの目の前で何か飛び道具に撃たれて血を振りまいてひっくり返った。近づき、ランタンで照らすと、胸に大穴が空いて即死している。


 「……ガリアだ!!」

 ホルポス配下のガリア遣いが侵入している!


 さらに、猛吹雪の暗闇に、炎が吹き上がった。北方種の竜で火を噴くのは雪原竜だ。それも紛れているのだろう。町の数か所で、木造建築に火の手があがる。特に、ヴェグラーの宿泊施設は新しく、火の回りも早い。


 トロンバーは、火と氷と、両方に奇襲された。

 しかも、敵のガリア遣いが竜を率いているか、紛れてフルト達を襲っている!


 こちらは完全に乱戦に持ちこまれた。頼みの綱の大隊長たちは、既に町を出ている。恐ろしいのは戻ったり戻らなかったりで、そちらも混乱することだ。それは向こうの思うつぼで、本隊はその混乱を突く。願わくば、町にかまわずそのまま持ち場へ行ってしまってほしい。そのほうが、しっかり本隊に対処できる。


 だが、後方を脅かされているのにそのまま進軍するというのは、よほどの歴戦の将軍でも難しい藝当だ。


 やはり、とっととこいつらを排除するのが得策だろう。また、そのためのカルマである。


 町のどこかで、照明として空中に光の輪がいくつか浮かび上がった。その輪の下に、突然の光源に驚く雪原竜がいる。マレッティだろう。すかさず、唸りを上げて雪原竜を光輪が交差して襲い、その短い首が一撃で落ちた。


 「まず一匹か」

 アーリーが頼もし気に云う。

 「こちらも本気を入れなおすか」


 ガリア「炎色えんしょく片刃かたば斬竜剣ざんりゃうけん」が、吹雪をものともせずに炎を噴き出す。手当たり次第に建物を壊し、冷凍する怪物めがけ、いざ行かんとしたそのとき、アーリーが立ち止まった。

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