第336話 第2章 1-3 陣立て

 第三大隊長のクラリアは二十三歳のスターラ人で、茶髪に細身で小柄だった。同じスターラ人でも極端に大柄な者と小柄な者がいるのは、ひとえに子供時代の食生活が直結している。アーボの家はガイアゲン配下で中堅規模の製鉄工場を営んでおり、クラリアは孤児だった。クラリアにしてみれば、ここまで生きているのも有り難いというほどで、それはガリアのおかげだった。つまり、純粋なメストなのだ。


 しかも元バーケン配下だった。バーケンの命でゴット村へ行っていたが、バーケン亡き後に呼び戻され、すぐに生活のためレブラッシュの新生メストへ参加した。ゴット村へは、モールニヤの追跡に行っていたことが後に判明している。一足遅く、モールニヤは連山を越えてサラティスへ行ってしまったのだった。


 そのガリア「透過とうか風園ふうえん流星刀りゅうせいとう」は、ガラス質の透明なサーベルで、ほとんど暗殺専門といえた。ふるうと流星のように光の線が現れるのが特徴だった。


 この三人が、今はアーリーの指揮下でフルトの軍団を統率することになる。


 が、いくら普段は凄腕のガリア遣いであったとて、部隊を率いるのはみな初めてだったし、率いられるほうも兵卒として集団行動するのは初めてだった。寄せ集めのにわか軍というのが実情だが、それは夏のサラティスでもそうだった。そればかりはどうしようもない。都市国家間の大規模な戦闘が最後に行われてより百年以上が過ぎており、どこの都市軍も、兵士は実戦経験がほとんど無い。隊商の護衛がせいぜいだった。まして相手は竜だ。ぶっつけ本番である。


 五人でトロンバー周囲の人員配置を考え、断続的に斥候を出した。ホルポス軍が攻めてくる陣容を予測し、対応策を練る軍議を重ねた。


 「夏にサラティスを攻めたダールは、どういった陣容でしたか?」

 アーボがアーリーへ訪ねた。


 が、夏のサラティス攻防戦では、各バスク組織と都市政府の方針が一致せず、けっきょくカルマは陽動部隊として動いたので、いまいちうまいアドヴァイスができない。あの戦いで、カルマ、コーヴ、モクスルのそれぞれ独立したバスク組織を束ねる権限を都市政府へ持たせる課題が露呈した。


 そもそも、三十年ほど前にアーリーがサラティスに現れてバスク組織を立ち上げた際、当初より自分に強大な権限を付与しなかったのは、竜の国から来たダールで、なんの信用も信頼も無かったらである。いきなりそのようにするのは不可能だった。立ち上げから組織がうまく回るまで十数年かけ、さらに十数年かかって各組織が安定してきたと思ったら、カルマへの反感が強くなって、あのありさまというのが実態だった。


 その状況でカルマが強引に指揮しても、誰もついて来ないのは明白だった。


 それを反省し、今回は、ガリア遣いの数が少ないこともあり、最初から統括権限をヴェグラーに持たせ、総裁のレブラッシュがアーリーに総司令権を貸与している。


 「正攻法で都市を攻めてきたので、むしろ防衛はしやすかった」


 アーリーは、そうとだけ答えた。マレッティも黙っている。本当は、長期間をかけてサラティス防衛のバスクを周辺へ分散させてまで周到に準備したサラティス総攻撃は、最後までカンナ暗殺のための偽装攻撃なのだった。デリナの誤算は、カンナがまさか半竜化した自分まで撃退するほどの力を発揮した、その一点に尽きる。


 「おそらく、今回も攻撃そのものは、正攻法でくるだろう」

 「それは~……どういうことなの?」

 フーリエが、場の雰囲気に似合わぬ間延びした声を出す。


 「軍師・秘書型の高完成度バグルスがいるはずだ。何か策を弄してくると思われるが、指揮権を持つダールであるホルポス自身はまだ幼い。どこまで、からめ手を使ってくるかは読めない。子供の発想は、えてして癇癪かんしゃくめいた力業だからな」


 「だったら、四の五の考えててもしかたがねえや。こっちも正攻法で行きやしょうぜ」


 クラリアがじっとりとした眼に下町ことばでそう云い、特に異論もなかったので、すんなりと方針が決まった。



 2


 それから数日は、何事もなく、緊張と弛緩が順番に現れるだけの日々だった。はじめは晴天だったが、にわかに天気が悪くなり、少し吹雪ふぶいた後は風がなくなって、短い昼も長い夜も、延々と雪が垂直に落ちてきた。


 戦争というのは、待機の合間に戦闘があるもので、戦闘の始まるときは、何の前触れもなく、一気に始まる。


 夕刻で既に真っ暗なうえに猛烈な雪の中、偵察部隊の一隊が指定の時間になっても未帰還ということが本部へ報告され、ランタンと暖炉の明かりの中、アーリーが椅子の音を立てて立ち上がった。マレッティと三人の隊長の顔に緊張が走る。


 「来るぞ」

 「いつになりますか!?」


 アーボがすぐに、トロンバー周辺図を用意した。既に作戦要綱と配置が書きこまれている。


 「明朝、暗いうちに動いて、明るくなると同時に攻めてくるだろう。警戒戦準備。ユーバ湖方面は第一大隊。街道方面は第二大隊。平原及び森林方面は第三大隊。今夜中に展開しろ」

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