第334話 第2章 1-1 トロンバー防衛隊
一礼し、シードリィは出て行った。
「……大丈夫なの?」
ホルポス、心配そうにボルトニヤンを見る。
「大丈夫ではありません。相手はカルポス様のご盟友、アーリー様と、かのバスクス……いくらこの時期といっても、苦戦は免れません」
ボルトニヤンは落ち着いた声で、はっきりと云った。
「なによ、じゃあ、やっぱりデリナの援軍を待ったほうが良かったっていうの!?」
「デリナなど、当てにしてはいけません。あの狡猾な黒竜は、絶対に信用してはいけない相手です」
「じゃあ、どうするの?」
「策はございます……」
ボルトニヤンが、ホルポスへ優しくささやく。
暖炉の細い火が揺らめいた。
第二章
1
にわかに戦時体制となり、まるで動員令が発動されたかのような緊張感と焦燥感、そして何とも云えぬ興奮がスターラを支配した。このような雰囲気は、都市国家間で果てのない抗争を繰り返していた時代より数えてほとんど百年ぶりであったので、人々は動揺し、混乱した。もっとも、そんな余裕もない、生きることすら切迫した市民も大勢いるのが、現代のスターラの現実だった。
アーリーが沈思している間にレブラッシュがまとめ上げた結果によると、ヴェグラー登録数はピンからキリまで四百少々だった。セチュまで含めるとガリア遣いが千はいるサラティスと比べると、まことに寂しいと云わざるを得ない。そのうち四十人ほどは近隣へ出張中らしかったが、詳細確認中だった。
未登録の自由フルト(ガリア遣い)は、五、六十ほどと推測された。この者らは、自由参加あるいは勝手連としてスターラ防衛隊に組みこめられれば吉、という程度であって、戦力としてとうてい当てにはできないという結論に到っている。そもそも盗賊の用心棒などのしがないガリア遣い崩れは、いても邪魔という話だ。
出張中の四十を除いた三百六十人ほどのうち、トロンバー先遣隊は三十八人。既に数人が死亡、あるいはライバのように戦線離脱している。従って、スターラ在は三百二十ほど。
アーリーとレブラッシュは部隊を分けた。
トロンバー防衛迎撃主力として二百七十を組織。
万が一のためのスターラ防衛として五十、プラス予備数人。これは、向こうも竜の部隊を分けて陽動隊がスターラを襲った場合の用意であって、アーリーたちが負けてトロンバーを突破されたときの防衛隊ではない。その時は、全面降伏するしかないのである。
そして、アーリーの読みが外れ、ホルポスが南方樹海を突破してきたときに、いち早くトロンバーへ知らせるための強攻偵察部隊も組織された。これは、強力かつそういうことが可能な力を持ったガリア遣いでなくば務まらない。
瞬間移動のちからを持つライバが意識不明なのが痛い。が、なんと、マレッティとスティッキィが、双子なためか、どういうわけか、ガリア同士で意思の疎通が可能らしい、ということが分かってきた。元々、そういう力のガリアはある。後天的にそういうちからが目覚めた、というのは、ほとんど前例がないことだった。
「どっちにしろこれは僥倖ね」
レブラッシュが顔をほころばせる。ガイアゲン商会にしてみても、これは大きな賭けだ。アーリーたちが負ければ、商会は破滅だった。アーリーがそのカルマとして稼いだ莫大な資産から資金の担保をしているのは、あくまでヴェグラーの経費だけで、この攻防戦そのものはスターラ政府の責任だった。その政府に高利で貸し付けを行っているのは、当然ガイアゲンが最もその額が多い。
それは、元より軍需を扱う商会として、当然の責務でもある。大番頭であるバーケンが死んだグラントローメラは、民需担当であり、その資産規模からすると申し訳程度の出資をして、高みの見物だった。
その代わり、戦いに勝てば、ガイアゲンの発言力と資金回収は莫大だ。竜を撃退して確保される安心安全と、それによる交易の権益を独占できる。民需交易にも影響を持って、グラントローメラへ対抗できる。
そのようなわけで、トロンバー防衛隊が重要なのは当然だが、万が一の事態に備える強攻偵察隊も同じほど重要なのは云うまでもない。
アーリーは、自分とマレッティをトロンバーに、カンナとスティッキィを強攻偵察に配した。
「……?」
マレッティとしては、特に異存は無かったが違和感はあった。自分とスティッキィを分けるのは当たり前だが、どうしてカンナをそっちに?
(まさか、ホルポスからカンナちゃんを護ってるつもりなのかしら? デリナ様の指示で、あたしがスティッキィに暗殺を頼むかもしれないのに……)
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