第332話 第1章 7-3 悔い

 「見てきます」

 「気をつけて」


 女房に見送られ、着こんだカンナは通りをヴェグラーの事務所へ向かった。建物へ入ると、受付や事務所の所長が声を上げて驚き、生還を喜んだ。


 「バッ、バグルスは!?」

 集まっていたフルト達が詰め寄る。

 「た、倒しました、なんとか……」

 安堵と驚嘆、そして憧憬の声、ため息、ささやきが充満した。


 「でも、あれだけじゃないと思います……もっと……もっといるでしょう……ダールが直接、指揮をとって攻めてくるというのなら……」


 それは、サラティスを襲ってきたデリナとの戦いの経験だった。喜びと安堵に浸っていた人々は、全員が再び黙りこくった。


 カンナが、急いで二階へ上がる。


 医務室のドアを開けると、ライバが寝ていた。見るからに衰弱している。息も弱い。目も黒ずみ、窪んでいる。医師と、看護婦がいた。といっても、ほとんど整体師や薬草師に近いが。


 「ライバ!」

 カンナが枕元に寄る。目の下に隈があって、顔色も悪く、汗だくで細くあえいでいる。

 「助かるんですか?」

 「……ヤマは超えたんだが、意識がね」

 「ライバ、ライバ、しっかり……!」

 すると、どうしたことだろうか。ライバが、うっすらと眼を開けた。

 「……カ……カンナさん……良かった……」

 「こっちのセリフよ!」

 カンナはライバの出した左手をとった。熱い。熱がある。

 「すみません……エサペカは……やられました……」


 カンナは黙していた。護りきれなかった自分の責任だ。兵卒とは云え、バグルス三体では荷が重かったに決まっている。たとえ、高完成度バグルスの相手をしていたとしても、やり方はあったはずだ。じっさい、あのシードリィはカンナと戦っている間に、兵卒たちをライバとエサペカへ向かわせていた。カンナが気づいていれば、阻止できたはずだ。


 カンナは悔しさで涙が出てきた。

 「……カンナさんの……せいでは……我々が……弱かったのです……」

 そのまま、ライバはまた気を失った。

 カンナは、これまでの戦い方を本気で改め、実行する決意をした。


 翌日、ライバの意識が戻らぬまま、スターラよりヴェグラーの連絡員が来て、カンナは報告のためスターラへ戻ることとなった。ライバを置いてゆくのに躊躇もあったが、絶対安静なので仕方もない。連絡員の操る犬ぞりに揺られ、四日後、カンナは約十日ぶりにスターラ入りした。スターラは極北圏に近いトロンバーに比べると、さすがにまだ明るく、寒さも緩い。カンナは汗をかいている自分に驚いた。そのままガイアゲンの本部へ向かい、中規模の会議室でアーリー、レブラッシュ、マレッティとスティッキィにバグルス戦のことをその足で報告する。


 「ふうむ……」

 聞くや、アーリーは例のごとく、沈思してしまった。


 「なんだか、よくわからない力を使うみたいねえ……。バグルスって、前からそういうやつだった?」


 「知らないわよお……」


 マレッティの双子の妹、スティッキィはずっと離れてスターラで暮らし、竜など一度も退治したことがなかった。まして、バグルスなど聴いたこともない。


 ここで最もバグルスにくわしいのは、もし竜属を裏切らなければ、自分のバグルスを製造していたであろう、赤竜のダール・アーリーだった。みな、黙してアーリーの言葉を待つ。


 意外に早くアーリーは口と眼を開いた。暖炉や燭台の火を反射して、アーリーの竜の瞳がキラリと光る。


 「高完成度のバグルスというのは、実はけっこう昔から造られている。五十年ほど前には、既に第一世代が生まれていた……おそらくホルポスにまだその技術はないはずだから、そのバグルスは母親のカルポスが造ったものを受け継いでいるのだろう。母親の形見というわけだ。カンナがそれを殺したのであれば、怒りにまかせてトロンバーへ攻めてくるおそれが強い」


 「そっち?」

 マレッティは呆れた。


 「バグルスの話をしてるのよお。ホルポスがどこを攻めるかじゃなくて。そんな昔からあんなバグルスがいるっていうのに、サラティスには、ぜんぜん来てないじゃない」


 つまり、サラティスをずっと攻めていた黒竜のダール・デリナのバグルスには、そのような高完成度のものはいなかったというわけだ。

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