第331話 第1章 7-2 カンナ帰還

 バグルスを倒したのか。倒していないのか。

 今後の作戦を立てるためにも、その情報は重大だ。

 「ライバ、ライバ!」

 「しっかりしてちょうだい、他の二人はどうなったの?」

 知人たちが呼びかけるも、ライバはうなされるのみだった。

 その夜のことだった。


 ライバが負傷して帰還したことにより、フルトたちが交代でトロンバー周辺を見回っていた。


 その日、天気が良くて放射冷却現象がおき、異様に冷えた。湖の氷上を渡ってくる風は、人間をそのまま凍りつかせんばかりに冷たい。空気中の水分が直接凍りついて、星明かりを反射していた。立ち木に雪がへばりついてそのまま凍り、見たことも無い怪物のように並んでいる。


 そのフルトは防寒具へ身を包み、星明りの下でゆっくりと歩哨に立っていた。


 ふと、雪と樹氷の合間に、ぼんやりと人影があるのに気がついて、亡霊とも思って息を飲む。


 それは、そのフルトが初めて見る姿だった。


 白の中に、黒く薄汚れた、凍った布切れをまとった人間のような、人間でないような、小柄な人物が立っている。肌も髪も真っ白で、その中に黒い部分が痣のようにおおっている。昼間であれば、それが黒い鱗だと気づいただろう。雪に埋もれた足が悪いらしく、木の枝を杖のように使っている。


 そう、黒の兵卒バグルスだった。


 歩哨のフルトはバグルスを見たことが無かったので、一体それが何者なのか理解できなかった。ギシッと音を立てて雪を踏み、恐怖と不審で後退った。


 「ありがとう。助かった」

 人の声がした。

 バッ! 


 閃光と炸裂音がして、焼け焦げ、スパークと火を噴いてバグルスが膝から倒れ臥した。衝撃波で、周囲の木が揺さぶられ、雪がドサドサと落ちる。


 歩哨フルトは、何がどうなっているのかまるで分からない。驚いて腰が抜け、雪の上に尻餅をついた。バグルスの後ろに、もう一人立っていた。


 カンナだ。

 髪も服も、バグルスの羽織っていたボロ布マントと同じく凍りついている。

 ゆっくりと歩きだし、腰を抜かしているフルトへ向かった。

 「ヒ、ヒィ……!」

 いよいよ歩哨は亡霊と思った。

 カンナは眼鏡も凍っており、よく見えない。しかも、暗い。

 「あ、あの……」

 「おた、おたすけ……迷わず天国へ……!」

 「ライバって、帰って来てます?」

 「えっ?」


 歩哨フルトが、よくカンナを見た。凍死した人間よりも真っ白い顔だが、たしかサラティスから来たカルマのなんとかという人物が、生まれつき真っ白い肌をした部族だと聞いていた。


 「いっ、生きてたんですか!?」

 「なんとか……」

 カンナが、引きつった笑みを浮かべた。

 「さ、さあ、早くっ、こちらへ!」

 飛び上がってカンナを抱きかかえる。

 「ライバは、先に戻ってきてますが、ケガをしてて……まだ意識が戻ってないのです」


 そのフルトはカンナの冷たさに驚いた。まさに凍りづけだ。雪原を、バグルスの感覚を操ってここまで歩き通してきたのだろうか。とにかく、その発想も実行力もケタ外れだ。


 ライバとすぐに会わせるわけにもゆかず、カンナは宿で女房の手当てをうけた。かるい凍傷になっており、ゆっくりとぬるま湯から温めてゆく。湖の魚のスープと、温めた牛乳、チーズ、滋養のある竜肉の柔らか煮を食べさせ、おちついてから、蒸し風呂を短めに使い、芯から温まると、カンナはベッドで気絶するように眠ってしまった。


 それから丸一日半、カンナはねむりこけた。

 眼を覚ましたのは、翌々日の夜明け近くだった。つまり、昼前ということになる。

 「ラ、ライバは……?」

 「まだ、目が覚めてないようですよ」

 女房に云われ、カンナは起き上がった。

 「ちょっと、だいじょうぶなの? 無理をしないでちょうだい」

 「どこにいるんですか? 宿の部屋に?」


 「まだ、フルトの事務所で、お医者に診てもらってるようですよ。あなた様も危なかったけど、あの子は血を失いすぎてるうえに、竜の毒(腐敗性細菌のことである)にやられて、熱を出したってきいてます」

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