第316話 第1章 2-1 オーレアのこと

 (どうしよう……)

 女将が入れてくれたハーブティーも冷めてしまった。

 「カ……カンナさん、自分は、前にサラティスで『モクスル』をやってたんですよ」


 エサペカが気分を転換しようと、努めて明るく話しかけた。リーダーがこれでは、当たり前だが士気も上がらない。


 「えっ、そうなんですか?」

 カンナが乗ってきたので、エサペカとライバはやや安堵した。


 「二年ほど前です。可能性は57でした。そのときは、まだカンナさんはいらっしゃいませんでしたね」


 「わたしは……この夏にカルマになったばかりだから」


 「みなさんはお元気ですか? アーリーさんと、マレッティさんもスターラへ来てるんでしょう? モールニヤさんは、いっつもサラティスにいなくて。自分もお目にかかったことがないんです」


 二年前からそうなのか。カンナは驚いた。

 「オーレアさんと、フレイラさんは留守番ですか?」

 カンナは息をのんだ。二年前は、その五人で退治をしていたのだ。


 「……オーレアさんは、わたしが入る一か月ほど前に亡くなったそうです。フレイラさんは……夏の、ダール・デリナとの戦いで亡くなりました」


 今度は、ライバとエサペカが息をのむ。カルマでも、そんな短期間に二人も死ぬのか、であった。


 「そりゃ……バグルスを専門に退治してるんだからな。雑魚竜退治とはわけがちがうさ」

 ライバが重々しく云う。

 「オーレアさんって、どんな人だったの? どんなガリアを?」

 カンナの問いに、エサペカは懐かしげに回想した。


 「たまに、遠目から見ていただけですけど……やさしくて正義感の強い方でした。もちろん、ガリアも強くて。スターラの出身で、ガリアは黄金と純銀の飾りの入った大小の二剣でした。アーレグ流剣術の使い手で、それは強かったんですよ。剣も強いし、ガリアも強かった。アーリーさんは別格として、年かさで、事実上のカルマの副長でした。亡くなったんですか……バグルスにやられたんでしょうか?」


 「さ、さあ……どうして亡くなったのかまでは聴いてないけど……」

 「そう……ですか」

 また、場が静まってしまった。


 カンナは、真夏の墓を思い出した。サラティスの、サランの森の奥にある小さな泉のほとりの、草生したあのカルマの墓を。歴戦のガリア遣いたちの、竜との戦いの軌跡を。フレイラの墓の横にあった、真新しいオーレアの墓を。蛇苺がなっていた、街の喧騒から遮断された、虫の音と風のそよぐ音だけが聞こえる、木陰の陰寂たる景色を。


 自分とて、いつあの墓に並ぶか知れたものではない。強い太陽が照り付ける無常の空間に精神が引きこまれ、いま、極寒の現実に戻る。


 「……さん、カンナさん?」


 ライバの心配そうな声がした。暖炉のぜる音、窓の外の寒風が雪を巻きあげる音がする。


 竜と戦わなくては。

 「大丈夫。……やります。やりましょう。バグルスを、倒す」


 カンナの眼が一瞬、内からあふれ出る電光でバチンと光った。エサペカは驚愕し、ライバはベルガンからスターラへ向かう街道での盗賊退治を思い、身震いした。


 その日はそれから強攻偵察行七日分の物資を用意して、夕刻には三人で食事をとって早く休み、翌日、二刻半(午前五時ころ)の真っ暗なうちに起きだして、洗面等を終え軽い朝食を摂るとトイレ等の身支度をすまし、すみやかに宿を出た。エサペカとは、ヴェグラー出張所で落ち合う。


 「うわっ」


 カンナは外がやけに明るいのを不思議に思い、夜空を見上げて魂消たまげた。満天の星がやけに澄んで、全天がぼうっと明るいのはスターラからトロンバーへ来るまでに体験していたが、いまは空を横断するようにいくつもの光の帯がゆらめいている。緑や黄色の帯は、天から下げられたカーテンめいて、ゆらゆらと震えながら頭上を覆っていた。いわゆるオーロラだった。


 「な、なに? あれ……」

 もちろん、カンナは初めて見た。

 「トロンバーの古い言葉で『クピイラ』っていう、光の帯です……見てのとおり」

 ライバは見慣れているのか、特段の感情を示さない。

 「どうして、あんなのが空に浮かぶの?」

 「いやっ……さあ」

 考えたこともないというふうだった。

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