第315話 第1章 1-5 謎の力

 「一人は助かったのか?」

 「助かったけど、息も絶え絶えだ。二階で手当てを受けてる」

 そのフルトは、ライバの周囲を気にしていた。

 「どうした?」


 「……サラティスの、カルマの人と来たんだろ? どの人? バグルス退治が専門だって聞いてるけど……」


 ライバがカンナを見る。カンナは肩をすくめた。

 「この方だ」


 ライバは、隣の自分と同じ歳ほどのメガネの少女を丁寧に指した。指されたカンナがにやっと笑って会釈したので、そのフルトは絶句した。


 「大丈夫なの? とか思うなよ。先般、ガイアゲンを襲った強力なバグルスを撃退したのはこのカンナさんだ。とんでもないガリア遣いだよ」


 「えっ……!」

 その人物が息をのむ。


 「そ……それは、どうも……あ、あの、私、エサペカといいます……三人で、次に威力偵察に出る……予定の……」


 典型的なトロンバー人の部族の一つである、銀髪めいた薄い金髪と、ユーバ湖のような澄んだ蒼い眼、雪焼けした肌で背と鼻の高い面長なフルトは、カンナの美しい翡翠色の瞳と雪みたいに白い肌へどぎまぎして、ぎこちなくカンナと握手をした。歳は二十二だという。


 ライバは事務所の職員にガイアゲンの指令書を渡し、さっそくこの三人ひと組で登録した。


 そして、ざわついている待合室で、カンナが小声を出した。

 「ちょっと……いいかな」

 「なんでしょう?」

 「一人、たすかってるのなら、その人に話を聞きたいんだけど。どんなバグルスか……」

 「聞いてみます」

 ライバが職員へその旨を伝え、すぐに二階へ通された。


 医務室には医者と、事務所の所長、そして何人かのフルトがいた。生き残ったというフルトは、ベッドの上で半裸にされ、高熱であえいでいるのが分かった。苦しげに顔がゆがんでいるのは、カンナよりやや年上ほどの、茶金髪にそばかすのスターラ人だった。一同が、カンナたちを見て、特にカンナのトロンバー人より白い雪肌、翡翠色の目、漆黒へ微細に光が反射する黒鉄色の髪などを驚異の目で刺した。


 「サラティス・カルマのカンナさんだ。バグルス退治の情報に、話を聞きたい」


 ライバがそう云うと、さらに驚きと安堵の感情が入り混じった言葉にもならない声が漏れて、カンナはベッドの脇まで通された。


 カンナが近づくが、とても話を聞けるような状況ではないと分かった。荒い息で、真っ赤な顔をして汗をだらだらと流し、目も開けられずに悶絶している。まるでウガマールに時折流行はやる、高熱病のようだ


 「どうして……こんな……相手はバグルスでしょう? ガリア遣いじゃないんでしょう?」

 医者もその他のフルトも、首を振るだけだった。

 とたん。

 「うう……ッ……!!」

 そのフルト、歯を食いしばり、胸をかきむしった。

 「大丈夫? しっかり!」

 カンナがその手をとろうとしたが、異様な「熱さ」にたじろいだ。人間の温度ではない。


 たちまち、胸のあたりから白い煙が立って、燃え上がるかと思ったが、心臓が急激に膨らんで、肋を押し退けて爆発した。


 「アッチィ!」


 カンナも思わず叫んで、尻餅を着く。周囲の者たちも悲鳴を上げて後退った。爆発した人間の血肉が、まるで茹でた肉みたいに変移し、もうもうと湯気を立てていた。肋が内側から折れ、大穴の開いた胸からも大量の蒸気が上がっている。すさまじい臭いがした。人間が生茹でにされた臭いだ。医者がたまらず窓を開け、冷気が入ってきた。その、名も知らないフルトは当然ながら絶命した。胸の中が完全に茹であがって、肺も胃袋も心臓ごと爆発し、一部は肉がグズグズに崩れ、溶けてすらいた。


 一同、声も無かった。

 窓の外から、何十羽ものカラスの声がした。



 2


 カンナは衝撃に打ちひしがれ、とぼとぼと宿まで戻った。死んだフルトたち三人と入れ代わりで向かう強行偵察の出発予定日は、明日だ。本来なら、彼女たちは明日、戻ってくるはずだった。食堂兼談話室で、三人は黙然と席についた。


 カンナは、いったいバグルスがどんな力を使ったのか想像もできなくて、それがとてつもなく不安だった。自分一人ならまだよい。今回は、部下というか、配下とも云える仲間が二人いる。自分がヘマをし、判断を誤ると二人があんなふうに煮えて爆発して死ぬ。アーリーも、マレッティもいない。

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