第293話 復讐

 「シュターク商会が娘、マレッティ!」

 マレッティが狂気的に眼をむいて叫んだ。

 「父さんと商会の仇、生きたまま寸刻みにしてやるわああ!!」

 「シュタ……!?」

 もう、その左手の指が光輪に切り飛ばされる!

 「おああああ!!」

 左手を押さえ、バーケンの悲鳴が闇に轟いた。

 「おま、お待ちください、いくら、いくらで見逃して……」


 バーケンをかばった壮年の秘書、問答無用で五体バラバラの八つ裂きにされた。真っ白な雪が、朱色に融けた。


 バーケン側近の幹部は、一目散に逃げている。無理もない。バーケンが死ねば、自分が大番頭になれるチャンスもあるのだから。


 「シュタッ……シュターク……商会ィィ……! まさかアア……!!」

 バーケンがゆがみきった顔より声を絞り出す。

 「そのまさかだコノヤロウ!!」


 マレッティの顔も、これまでの全ての想いが現れ、憤怒と復讐心と狂気で、別人のごとくゆがんでいた。


 マレッティの頭上に、光輪が次々と現れ、煌々とバーケンを照らしつけた。


 次に、右足の膝が削られる。転がったところで、次が左の耳だ。次は、左足の爪先が削られた。それから左手を押さえる右手首が落ちた。そこから、連続して右足が文字通り寸刻みに脛まで輪切りにされる。それから左腕がズタズタに引き裂かれた。そして鼻、右耳。


 「……!! ………!!」


 目も真一文字に切り潰され、四肢をキャベツみたいに千切りに刻まれ、生きたまま無数の致命傷にならない切り傷を胴体じゅうにつけられ、もう痙攣けいれんして血の泡を吹き、うなり声しか発しなくなったので、マレッティはなぶるのに厭き、一息に何十という光輪を叩きこんで畑の肥やしみたいな、肉片にしてしまった。


 その肉片と血溜まりに唾を吐きかけ、マレッティはスティッキィを見た。炎の壁遣いは、スティッキィの闇にじわじわと浸食されている。マレッティの光のように一気呵成ではないスティッキィの心の闇。炎の塊を楯として操るガリア遣いのその炎を、一つずつ暗黒が呑みこんでゆく。


 「……う……う、うわああああ!!」


 ついに視界が夜の闇より暗くなって、ガリア遣いの全身に何十という大小の闇星が突き刺さった。ばったりと、ガリア遣いが倒れた。


 二人は何の言葉も無かった。ただ、無言で、その場をすみやかに後にした。



 「あーあ、寒い寒い寒い! お風呂はいりたあい! ちょっと、お風呂よ、お風呂なんとかならないわけえ!?」


 部屋へ戻って、スティッキィが消えかけていた暖炉へ薪をくべた。火が復活するが、マレッティはとにかく湯に浸かりたかった。我慢ならない。寒いのもあるが、なにより昂った精神と血の気を湯に浸かることで鎮静させたいのだ。それこそ、サラティスの竜退治屋が風呂をこよなく愛する理由だった。


 「サラティスへ住むと、みんなそんなにお湯が大好きになるのお?」

 「あんたもなるわよお!」

 「いちおう、浴室と、浴槽っぽいのはあるんだけどねえ」

 「早く云いなさいよお」

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