第286話 ヴェグラー

 レンズ豆の量も今朝の食事の数倍は入っており、まして煮るにまかせただけの竜肉などとは比べるのも憚られる良質なメニューに、カンナは我を忘れてそれらを口へ詰め続けた。


 アーリーはうまいともまずいとも云わずに、黙然と食べ続けている。その食べっぷりだけを見ても、うまいから食べているのがわかる。


 共に食べていたが、レブラッシュは二人があまりに見事に料理を平らげてゆくので、可笑しかった。


 「お二人とも、サラティスで少し贅沢をしすぎているのでは? よほどスターラの食事がお口に合わなかったようで」


 「す、すみません」

 思わずカンナは顔を赤らめ、口元を手で押さえた。


 「よいのですよ、これが本当の、かつてのスターラの味なんです。確かに竜が出るようになってから、こういったものはとても確保が大変になりました。竜をすべて滅ぼすか、竜と共存するか。どちらにせよ、竜属には侵攻をやめてもらわなくては、こういったものの復活もままなりません」


 アーリーが、その鋭い眼だけをレブラッシュへ向ける。


 「わがガイアゲン商会、まずは、アーリー殿へ協力します。新しいフルトの組織は、『ヴェグラー』と名付けましょう。旧スターラ王国の、英雄王の名です。やるとなったら、フルトたちにも自発的に竜狩り……いいえ、竜退治に動いてもらわなくてはいけません。格好良くて、かつ勇ましい名が必要と考えました」


 「ごもっとも」

 この部屋に入って初めてアーリーが声を出した。

 「たいへんけっこうです」

 そう云いながらも、まだ食べる。

 (ベ……ヴェ……ヴェグラー……)


 どこかで聞いたことがあるような……カンナはそう思ったが、思い出せないので気のせいだと思った。


 やがて一刻、すなわちほぼ二時間近くも食べ続けていた二人だったが、まずカンナが満腹になって、美味しい紅茶をいただいた。アーリーは、これは食べだめをしているのだと思った。明日からまた、質素で不味い食事に逆戻りだから。


 そんなアーリーも満足したのか、料理が出てこなくなったからただ単に食べるのを止めたのか分からないが、とにかく、


 「美味でした」


 と、レブラッシュへ云って食事用の小型ナイフとフォークを置いたので、レブラッシュは思わず両手を上げて二人を讃えた。二人で七人分は食べたと思った。


 「見事なものね。食後のお菓子は……さすがにいらないかしら?」

 「いただきます」

 アーリーとカンナが同時に云ったので、レブラッシュ、声も無い。


 とにかく蜂蜜たっぷりのパウンドケーキが丸ごと出てきて、給仕が切ろうとするのを止め、二人で抵当に切り分けてたちまち紅茶で流しこんでしまった。


 「では……今更ですが、あとの手続きと運営はお願いします」

 アーリーが本当に今更、仕事の話をした。

 「え、ええ……」

 レフラッシュが戸惑いつつ、それへ答える。


 「まかせてちょうだい。政府公認になったのなら、登録されているフルトは自動的にヴェグラーの一員となるので、あとの宣伝から退治斡旋、記録、報酬の支払いなどの事務所運営はガイアゲンで引き受けます。手数料は、退治料の八分で」

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