第285話 スターラ料理

 レブラッシュは二人を応接間の奥の歓待の間へ通した。ここは重要な商談相手、あるいはスターラ総督ほどの相手にしか使われない場所だった。


 ちなみに、レブラッシュはガイアゲン商会の経営責任者というものであり、これはバーケンも同じだったが、ここほどの規模となると創業家は経営権を支配人や大番頭などの経営代表者へ「預けて」おり、所有者報酬と余所への投資利益だけで王様のような生活をしている。もちろんスターラ市内にはいない。秘密の場所に住んでいる。グラントローメラやガイアゲンのオーナーともなると、総督ですらおいそれと会える人物ではなかった。


 なので、たとえレブラッシュがバーケンを排除し、グラントローメラの販路や商売分野を奪おうとしても、マレッティの実家がつぶされたのとはわけが異なる。創業家同士で話がつき、グラントローメラからガイアゲンへ幾分かの配下の商会や商店を仕入れ先や販路ごと委譲するだけで終わるだろう。


 が、レブラッシュとしてはそれで充分なのだった。なぜなら、それだけで、創業家にしてみれば微々たるものでも、雲の下の身分にしてみれば莫大な権益や利益が手に入るからである。


 歓待の間へ入ると、その用意された料理の山にカンナは思わず声を上げた。


 テーブルは、大人数用ではなく、数人で囲めるものだった。主賓席にアーリー、その横にカンナ、そして客をもてなす主人の席にレブラッシュがついて、その三人だけだった。ただの宴会ではなく商談も兼ねているので、意外にこじんまりしている。しかし、料理はサラティスでもなかなかお目にかかれないほどに豪勢なものが並んでおり、スターラにこんなに食べ物があったのかとカンナは思った。金さえ出せば、あるところにはある。マレッティではないが、世の中は金だ。金がないと餓死。人間の弱肉強食だった。


 料理は、古帝国から連合王国へかけての伝統で、大皿料理が最初からどっさりと並ぶ。もう少し北へ行くと、例えば現在はスターラ領である旧ポウザオヌ藩王国の都トロンバーにあっては、寒さのため出した傍から料理が冷えるので、順番に作り、食べる分だけ出す、いわゆる「コース料理」というものがあってそれが後世にはスターラやサラティスにも伝わるが、それはまた別の機会に紹介されるだろう。


 さて具体には、まず目を引くのが何種類もの腸詰、ハムなどの加工肉、それにチーズ類だ。山盛りの大きなパンも小麦の白パン。バソ村で食べたものに雰囲気が似ているとカンナは思った。伝統的なスターラ料理だという。竜が現れる前には、庶民の口にも入っていたが、竜が現れてからはすっかり高級品になってしまっている。


 そして、現在では貴重なスターラワインがあった。竜の飛来と農民の耕作放棄によってブドウ畑が壊滅的な被害を受け、いまはグラントローメラやガイアゲンなどの大商会と、都市政府直営農場および醸造所でしか作られていない。庶民は酒というと薄いビールが主だった。ちなみに、現在は製造法が途絶えてしまって、数十年前に仕こまれた樽しか現存しておらず、最も貴重で高価なのがいわゆるウイスキーと呼ばれる麦汁の蒸留酒だった。


 「おいしぃ~!」


 腸詰を口にしたカンナの顔が明るくなる。マレッティが懐かしがっていた味だ。バソ村でも食べたが、種類の豊富さがまるで違っている。十種類はある各種の腸詰の焼き物に煮物、薄いスライスが、これでもかと並んでいる。また豚肉の塊や臓物の煮こみ料理がまたうまい。北方では冬季の乾草の確保が難しく、畜産は牛より豚が主だった。牛は乳用種を飼うのがの精いっぱいだという。


 その牛乳から作られるチーズ類も、新鮮で薄味なものを好むサラティスとは違ってがっつりと熟成され、独特の香りもあり、ものによっては塩味がきつかったが全体に味が濃かった。


 スープは伝統的なレンズ豆のスープと、酢漬けキャベツのスープそれにタマネギの濃厚スープと三種類もあった。

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