第263話 円舞光輪剣

 眼に激痛をおぼえ、視界が真っ白となり失明! 顔を抑えてよろめく名も知らぬ暗殺者を、マレッティは容赦なく両手両足を切り落として、のけ反って叫ぶ胴体を蹴り飛ばして転がし、唾を吐きかけ、何度も顔を踏みにじって、最後にもう一度思い切り蹴りつけると、失血死するまで放置するべく憤然とその場を後にした。



 「あああああああ、アーーーーーーッ! 気分ワッッルゥウッ……!!」


 怒りと嫌悪がおさまらず、マレッティは身震いするほどだった。相手にもならない暗殺者たちもさることながら、やはりあの通りで過ごした日々だ。汗と脂と油の臭いにまみれた男たちに、自らの若くすべらかな肉体の、ありとあらゆる箇所をねっとりと、かつ荒々しくなぶられる感触が、おぞましい悪寒とともにまざまざと蘇る。吐き気を通り越して、全身の皮を自ら剥ぎたくなる。


 どうして自分はこんな場所へ来たのか。


 もしかしたらそれは、この消去していた感触を強制的に思い出すためだったのかもしれない。


 なぜなら怒りと憎悪が根源のおのれのガリアの威力が、数年ぶりにあり得ぬほど冴えわたっているのを、ひしひしと感じるからである。


 そもそも中堅とはいえ商会のお嬢さんの柔肌を安く抱けるとしてマレッティは指名が入り、そこそこ稼いでいたはずであった。その手取りも雀の涙で、巨額の債務返済など夢のまた夢、経済的にもマレッティの憤怒は爆発寸前。通常なら砂を蹴ってもっと高級な店に売りこみをかけて移るべきところ、マレッティは突如としてガリアに目覚めたのだった。


 この、円舞光輪剣えんぶこうりんけんに!!


 まばゆく光り輝くこの剣は、すなわちマレッティの心は、人も竜も、どれだけの血を吸っていることか。


 マレッティは振り返りもせずに通りを進み、また路地に入って当初の予定の通り工業区へ抜けようとした。


 そこに、四人目が待ち構えていた。どうしてマレッティがこの路地を通ることが分かったのだろうか。


 それは、この路地が最も狭く、工業区の最も複雑に入り組んでいる部分へ直結しているから、歓楽街の場末通りを工業区への抜け道として使う者なら必ずそこを通ると予測し、そして当たったのだった。


 「…………」


 マレッティは怒りに顔を震わせながらも、次の暗殺者には立ち止まって油断なく半身はんみに構えた。それほど、こやつは先ほどの雑魚とは雰囲気がちがう。


 不思議なのは、こやつが腰に実剣の細身剣を携えていることだ。楯のガリア遣いマウーラの例もあるので、そういう、自らの攻撃の補助を自ら行うガリア遣いがいないわけでもない。このマレッティよりやや背の高い背筋のよい女は、けして見栄えの良いとは云えない地味な顔つきにも関わらず、斜めに縛った薄汚れた錆色さびいろの赤毛へ、不釣り合いな蝶形の金とルビーの髪止めをしている。


 マレッティ、この髪止めがこやつのガリアとすぐに看破かんぱした。


 どのような『力』があるのか知らないが、こういう手合いは、ふつうはサラティスでいえばセチュとして主戦を担う者を補佐するが……。


 「で?」 

 マレッティ、先に仕掛けた。


 「やるならとっととやりましょ? こちとら、さっきのバカにマントが燃やされちゃって、寒いのよお」

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