第223話 バーケン

 マレッティが再び眼をつりあげる。アーリーはカンナを見た。カンナは、二人の合間で伏目がちに声を細めた。


 「わたしは……どっちでも……いいです……」


 アーリーは軽く嘆息した。確かに、アーリーとて、ゴミみたいな金貨のために責任を負う護衛任務など、乗り気がしない。


 「分かった。護衛を請け負い、隊商と共に行くのはやめにしよう。少し遅れて進むか、明日にでも出て先を行くかだな」


 「行くなら、早く行ったほうがいいんじゃないのお?」


 たしか、旅の当初、マレッティはあまりストゥーリアへ行きたがっていなかった気がしたが、どうしたのだろう、とカンナは不思議に思った。何か吹っ切った感がある。


 「そうだな……では、明日、一足先に出発しよう」

 そのときであった。

 「おそれいります……今のお話、わたくしめも加わらせていただけませんでしょうか」


 彼女たちと同じく、数少ない宿の客だ。上等の衣類を身につけた、腰の低い丁寧な物腰の中年男性が、いつのまにか談話室へ現れている。スターラ語だ。まるで気配を感じなかったので、三人がいっせいに身構えたが、宿泊客と分かって、やや警戒を解く。


 「何者だ!?」

 アーリーもスターラ語で問うた。


 「はい、手前はスターラのグラントローメラ商会の番頭をしております、バーケンと申します。商人です。ラーペオの積み荷は、ほぼ全て手前どもの荷なものですから、受け取りの手続きに参りました次第でございます。護衛と荷役で五十人ほどを雇っておりますが、ガリア遣いがうまく集まりませんで……港湾事務所でお聴きしましたところ、お三方はあのサラティスのカルマの方々とか……どうか、隊商に加わっていただきたく、お願い申し上げます」


 バーケンはうやうやしく笑顔で、やや肥えた身を屈め、歳の割に見事に剥げた頭を下げた。マレッティがあからさまに迷惑そうに顔をしかめ、アーリーもあまり良い顔ではない。カンナだけが、言葉が分からずぽかんとしている。


 バーケンはそんな顔を無視して、話を続けた。


 「ここのところ、街道には盗賊団が三つも跋扈しており、中には食い詰めのガリア遣いも。衛兵だけでは、心もとないのでございます。こちらもガリア遣いを手配し、なんとか二人は確保したのですが、不安でなりません。どうか、十倍のお一人八十トリアンを出しますので」


 「八十トリア~ン!?」


 マレッティがたまりかねたように口をひん曲げて開く。この品のよい、どこから見ても裕福な身なりでいかにも有能、誠実そうな商人を、完全に信用していない。いや、嫌悪すら感じている顔つきだ。


 「あんた、あたしたちだけ十倍で、その他の二人には普通に払うってえの!? それはちょっと無いんじゃない!?


 「と、申しますと?」


 「おんなじ仕事で、どういう理由であたしたちだけ十倍なわけえ? その二人が知ったら、逃げちゃうんじゃない? やる気無くして」


 「それは、お三方の名ですよ。名……名が、物を云う世界ですから」


 それは確かにそうだった。カルマというだけで、サラティスでは何もかもが優遇される。カルマの名は、実力を既に示している。カルマが護衛についたというだけで、恐れをなす盗賊もいるだろうということだ。その値段なのである。

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