第207話 リネットの笑顔

 「リネット、実は話があるのだが……」


 それは、アーリーがわざわざこの絶海の諸島まで来た理由だった。しかしリネットは、アーリーが云う前にやや哀しげに手を振った。


 「ごめん。青竜のダールは、誰の味方もできない」

 「なに……」

 アーリーの顔がひきしまった。


 「元来、青竜は中立を旨とするのさ……アーリーなら、知ってると思うけど。導きの力をもつ青竜のダールを味方につけたほうが、古来、ダール同士の争いでは有利に働いてきた史実がある……それでなくば、敵側の味方へつく前に殺してしまうか。だから、青竜のダールは中立のまま、身を隠す。こんなところにひいばあちゃんが百年近くも潜んでいたのは、そういう理由なのさ」


 「だからこそ……私といっしょに来てほしい。この、竜と人の未曽有の争いを止めるために。それは、竜のためでもある……」


 「行きたいのはやまやまだけど、ボクはダールとしての力はほとんどない……足手まといになるだけさ」


 アーリーは黙って、リネットを見つめた。その真意を量っているように見えた。リネットはそんなアーリーを微笑みながらも、鋭い視線で見返す。


 「どうする? アーリー。従わないボクを殺すかい?」

 「いや……」


 アーリーは眼をつむり、しばし沈みかけている斜陽に沈思していたが、やがて納得してうなずいた。


 「分かった。だが、リネット……名前だけでも貸してもらえまいか」


 「名前だけかい? ボクがアーリーの味方についたと、吹聴して回る? そのせいで、ボクに危険が及ぶのなら、それもお断りだね」


 「そうか」


 「それと、ボクがここにいるのも、ボクが青竜のダールだというのも、他言無用に願いたいね。バセッタがもう死んでいることは、それとなくふれて回ってほしいくらいだけど……」


 「分かった。そうさせてもらう」

 アーリーは、もう何も云わなかった。リネットと握手をする。

 「船頭をありがとう、リネット。世話になったな」

 「こちらこそ」

 「請求書を忘れるなよ」

 「もちろんさ」

 マレッティとカンナも、リネットと握手をした。


 「タータンカ号は沈んだけど、おそらく最後の船が来ると思うよ。リーディアリードからそれぞれパーキャス経由で、ベルガン行きとラクティス経由ウガマール行きの二便が来るはず。それで、正真正銘、今年の船は最後さ」


 「では、その船で我々はベルガンへ行けるのだな……」

 リネットがうなずく。マレッティは頭の後ろへ手をやり、大きく息をついた。


 「とんだ道草だったわねえ。で、どうするの? 今日はどこで寝るの? お腹もすいたけど……食べるものなんかなさそうだしねえ。それに新しい服も欲しいけど、町があんなじゃあ、望み薄よねえ」

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