第178話 シロンの決意
カンナが鬼女めいて三つ編みのほどけた髪を振り乱し、稲妻をふりまいて、シロンめがけて飛びかかった。
かに見えたが、ぴたりと、その動きが止まる。
振り返ると、丘から見える漁港の向こうの海面に、黒々とした岩山が出現していた。それがゆっくりと頭をもたげ、高波が発生して港に流れこんでいる。その、海面から上だけで高さ三百キュルト(約三十メートルほど)はある巨大な塊は、長く太い尾を海からもたげ、腕のようなものも見えた。さらには、辺りを圧倒する咆哮で天地を揺るがした。
「…………」
カンナは、半ば呆然としてそれをみつめた。なんという巨大な竜なのか。
(あ……あれは……)
シロンも目を見張る。あれは、アーリー達をカウベニーの入り江で水攻めにした海坊主だった。ギロアが、あれを再び呼んだのだ。
カンナ、シロンを無視して一目散に丘を走って下りた。
「……助かった……!!」
シロンはガリアも消えて、どっと草むらに仰向けとなった。大きく息をつき、ややしばしそのまま雲の合間から濃い秋空を見上げる。
が、いつまでもそうしてはいられない。
起き上がって黒焦げのマウーラを確かめると、死んでいた。ヴィーグスは、いまの攻防でかろうじて残っていた足首の一部もどこかへ吹き飛んで、痕跡すらも残っていなかった。
けっきょく、バルビィは逃げたと判断した。それも正しい。あんなのとまともにやりあうやつは、バカだ。
シロンは両手を握りしめ、わなわなと震えた。しかし、正面からでは勝てないのはハッキリした。キッとその鋭い眼をまだ光って走っているカンナの背へ向ける。
「暗殺……か……」
メストのシロン、本来の仕事をするときだった。
大海坊主竜の鳴き声が、風へ乗る。
第三章
カウベニー群島にて、気絶したカンナがシロン達に連れ去れた後である。
入り江の沖から特大の海坊主竜が去ってしまうと、水が急激に引いて入り江内の水位は元へ戻った。岩や流木が荒れ狂い、海底の土砂が引っ掻き回されて、美しかった入り江は惨憺たる状態になっていた。
マレッティを抱えたまま、岩にしがみついていたアーリーはその奔流に耐え切った。あのサラティス攻防戦に比べれば、どうということもない。ただ、砂まみれの身体が氷のように冷えていた。赤竜の血を引くアーリー、水の攻撃はきつい。
「む……」
ガリアの力により、全身へ火をつける。燃え上がった肉体が、北の斜陽を受けて輝いた。体温を回復しつつ、アーリーは岩肌を上りきった。四人は既にいない。カンナもいなかった。連れ去られたのだろうか。一本道の遠くを、三人が歩いていた。ニエッタ達だった。アーリーはマレッティを確かめた。息をしていないが、死んでもいないようだ。仮死状態で、マレッティも耐えたのだった。
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