第166話 孤独の風景

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 もぞもぞと起き出して、またあのパン屋へ向かおうとした。今日は、薄曇りだった。より寒くなっている気がする。雪が降るのではないか。早起きしたので、港は逆に活気があった。冷たい水で顔を洗って口を濯ぎ、家にあった上着を着込んで外に出た。ディンギーの漁船が次々に帰って来る。漁師たちは厚手のウールや、オイルを染み込ませた独特のきめの細かい綿地ジャケットを着ていた。たくさんの海鳥が群がっており、おかにはおこぼれをもらおうと犬や猫、そして……様々な小さい竜が待っている。


 船から網で大量のニシンやイワシをすくい、籠に入れる。塩漬け、オイル漬け、干物、魚油、魚醤、魚粉、肥料用の搾りかすなどに加工して、ベルガン、リーディアリード、さらにはラクトゥスを通じてそれぞれスターラ、サラティス、ウガマールへもたらされる。


 カンナはぼんやりとその作業風景を見て、音を聴いていた。人々はサラティス語とパーキャス語が入り交じった言葉を話している。女性陣が汁物や焼き物を用意し、屋台のようなものを出していた。うまそうな匂いだ。あれは、部外者も食べられるのだろうか?


 が、誰も見慣れぬカンナに気づかないので、ここでも見えてないのだろう。

 と思ったが、

 「ほれ、焼きたてだよ」


 炭火で魚を焼いていた老婆が、いま焼けたばかりのイワシを木皿へ五匹も乗せてカンナへ差し出した。木のフォークもついている。


 「……ありがとうございます」


 カンナは小銭を出そうとしたが、もう老婆は行ってしまった。フォークで身をとり、小骨も気にせずにすっかり平らげると、皿を返しに人込みへまぎれるも、誰もカンナに気づかず、ぶつかっても不思議そうに振り向くだけだった。老婆もみつからずに、カンナは皿を屋台の近くへそっと置いてその場を後にした。犬が走ってきて、残ったイワシの頭と骨をたべた。


 「バーレスの連中、竜に追いかけ回されて、漁どころじゃなかったようだ」

 「いい気味だぜ」

 「こっちは、ギロア様のおかげでよう」


 「また新しいガリア遣いを呼ぶっちうが、稼いだカネがみんな退治税にとられて、ガリア遣いに流れてる。それでも竜を退治すると息巻いとる」


 「連中、正気の沙汰じゃねえ」

 「あけのパーキャスって知ってるか?」

 「しってるとも! 反ギロア様の急先鋒よ」


 「あんなやつら、竜にぜんぶやられっちまえばいいんだ。そうしたら、あいつらの縄張りでも漁ができる……」


 漁師たちの、そんな会話が聴こえた。

 (ギロアの仲間になったら、あの人達から見てもらえるようになるのかな?)

 そんなことも考えてしまう。

 足元を、竜と犬が駆けっこだ。

 (寒い……)

 それは、心が寒いのだった。


 とてつもない疎外感が、カンナを襲う。アーリーとマレッティの安否も分からないし、島から出る方法も分からない。おもて向きだけとしても、ギロアを頼るしかないのだろうか。どちらにしろバルビィの作戦も気になる。バルビィに会わなくてはならない。

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