第167話 ルネーテ

 (どこにいるんだろう?)


 たぶん、ギロアの館だろうが、行きたくなかった。仕方がないので、また散策する。散策といっても町はせまく、すぐ一周してしまった。町を出て島の中を探索する気にもなれない。行くところが無くなり、手持ち無沙汰でまたカルビアーノの前にいた。しかし、まだ午前中なので、店はやっていなかった。


 「あら、カンナさん?」

 どこかで聴いた声。見ると、通りに、ギロアの館の下女をやっていた中年女性がいた。

 「あ、えーと……」

 「ルネーテよ」

 「あ、そうそう、ルネーテさん……」

 「買い出しに来ているの。どう? コンガルは。いいところでしょう?」

 「ええ、まあ……」


 一日やそこら見て回っただけで、いいところかどうかなんてわかるはずも無い。まして住民には見えていないのだし。


 ルネーテは食材を買っていたが、編み籠を手にさげたままカンナへ近づき、


 「どう? ギロア様の秘術で、みんな竜と仲良く暮らしているでしょう? でも、それでいいのよ。中には効きめが悪い人もいるけれど、そのうち竜と自然に接するようになる。ギロア様の術は、たんなるきっかけだもの」


 「はあ」


 二人は連れ立って歩き、ルネーテがパーキャスでは一般的な、レンズ豆を乾かして砕き、水で少量の小麦粉と練って形成して油で揚げた菓子を買ってくれた。豆の味しかせず、カンナとしてはあまりうまいものではなかったが、食べたのがイワシだけだったので小腹の足しにはなった。


 そんな二人の側を、子どもと竜が連れ立って走って行った。


 「あの竜は愛玩用の種類だけど、海でも、コンガルの人々は竜へ敵愾心てきがいしんが無いから、竜もあまり襲わないのよ。襲われても、逃げる手段をギロア様に教わっているし……竜なんで戦うだけ無駄なんだから」


 「そうでしょうか。みなさんは、サラティスやストゥーリアに出る、空を飛んで人を襲う軽騎竜や、猪突竜に……なんだっけ……あ、そう、大王火竜を知らないからそう云えるんです。問答無用で襲ってきますよ。それに、バグルス……バグルスは、どうするんですか」


 「バグルス?」


 やはり、知らないのだ。暢気なことを云っている。あんな凶悪なバグルスと共存など、できようはずがない。


 「そこらへんは、ギロア様に聞いてみたら? きっとギロア様なら、そのバグルスという竜とも、戦わなくてもよい方法を知ってらっしゃるわ」


 「そんな方法……」

 「あるわよ、きっと。ギロア様なら、知ってらっしゃる」


 そんな、ばかな。あるわけない。カンナは否定したが、声には出なかった。もしかしたら……竜の国にはあるのかもしれない。なぜなら、彼女は云うなればバグルス側の人間なのだから。


 (バグルスと戦わずに、いっしょに暮らす方法……かあ……)

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