第161話 密約

 「やり方はいろいろあるぜ。おれは、あのアーリーってダールが、あんな水攻めで死ぬとは思ってねえんだ」


 「水攻め?」


 「そうか、気を失ってたんだっけ……入り江ごと水没よ。ギロアのやろうが、ばかでかい竜を使ってな。あいつは、あんな化物まで自在に操りやがる。直接ぶつけなかったのは……何か考えがあったんだろ」


 カンナは動揺した。マレッティごと、溺れてしまったということか。マレッティは泳げない。


 「心配すんなよ。どっちにしろ、何日かたったらバーレスにひそませてる間者から情報が入る。生きてたら、おれが逃がしてやるから、アーリーと攻めてこいや。万が一、アーリーがやられてたら、あいつらの仲間になるフリをして、おりみて後ろからぶっ刺せや。そっちも、おれが手引きしてやる。その代わり、何回も云うけどちゃんとおれを見逃せよ」


 「……騙してません?」

 「あんた騙して、おれになんの得があるってんだ」

 「逃げればいいじゃないですか」


 「追手が来るだろ。追手がよ。あのシロンってやつのガリアは、ちょいとやばいんだ。それに、ずっとガラネルのバグルスに狙われるのもな……」


 バルビィが顔へ湯をばしゃばしゃとかけた。カラッポの右目が、デリナとちがう、本当の虚空をぼんやりとした灯に穿うがっていた。おおきな乳が湯に浮かんでいる。色の変わってケロイドになっている傷跡が、鈍くランタンの灯に浮かび上がった。


 「ま、二、三日、住民の暮らしぶりを観察していなよ。あんたが見える人間もたまにゃいるだろうし、そいつらと話してみるといい。竜と人がいっしょに暮らすってことをよ。それから、またギロアに呼ばれるだろうから。それまでにゃ、アーリーの生死も確認できてるだろ。まずは答えを濁しておけ。それから、二人で殺りかたを考えようぜ」


 また無言となり、深夜少し前に、二人は上がった。温泉のせいで、冷たい夜風が心地よく感じるほどに二人は火照っていた。浴場に設置された山の清水が流れている水飲み場でたっぷり水分を補給し、二人は家路についた。バルヴィは葉巻を取り出して、ガリアではなく浴場のランタンから火を点けた。


 「やっぱり、直にけるとまた味がちがうのよ」


 カンナは煙の味など、良く分からなかった。独特の香料の混じったような香りは分かった。あまり好きになれない匂いだと思った。虫の声を聴きながら月を見て帰り、カンナはあてがわれた家に入ると、粗末なベッドへもぐりこんだとたん、泥みたいにねむった。



 3


 湯疲れと緊張もあったのか、カンナが翌日目を覚ましたのはもう昼近くだった。裏手の井戸で顔を洗い、口を濯ぐと、腹が空いていたので小銭を持って通りに出た。今日は風も無く、比較的暖かい。潮の匂いが生ぬるかった。


 漁師町なので、ひと仕事終えて食事をすましても午前早くだった。昼頃はむしろ、みな食べ終えて店も閉まっているため、日差しのふりそそぐ通りは閑散としていた。十ほどの男の子が茶色いブチの犬を連れて歩いており、カンナは何とはなしにみつめた。すると、七つ、八つほどの少年の妹のような女の子が、猪竜をそのまま小さくしたような、犬めいた大きさの竜を連れて犬の後を歩いていたので、カンナは二度見した。


 (え、えっ!?)

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