第156話 バルビィ

 「おやすいごようで」


 バルビィが最後にパシリ、とカードを切る。死に神のカードだった。にやっ、と笑って、バルビィはカンナを促し、この丘の上のギロアの館から出た。


 シロンとマウーラが窓から道を行く二人を観察した。ヴィーグスもいつのまにか起きて、カンナの座っていた席を凝視している。


 「ギロア様、どう、出ますか、あやつ」

 シロンが振り返って、立ったまま残ったお茶を飲んでいるギロアに話しかけた。

 「さあねえ。しばらく様子見するしかないわ」

 「断ってきましたら、どういたしましょう」

 ギロアと接するときは相変わらず棒切れみたいに直立で、マウーラも口を開く。


 「粘り強く説得するのよ。力づくで仲間にしても、意味はないから。でも……最終的に断ったり、逃げたりしたら、殺していいわ。アーリーの元に帰られるくらいならそうしろと、ガラネル様の命令だから」


 グ、ク、ク……とヴィーグスの押し殺した笑い声がした。シロンも引きつった極悪残忍な笑みを浮かべる。マウーラだけが、無表情のままだった。


 「ただし、本気で行かないと、おまえたち……返り討ちにあうわよ」

 急に据わった声を出したギロアに、三人はやおら緊張して硬直した。



 2


 風が強かった。

 潮の匂いが鼻にこびりついて、先程のお茶の芳香を完全に消し去った。


 歩きながらバルビィがまた腰のポーチから葉巻を出し、ガリアの火花を手の内で散らして、火を点ける。吐き出した煙が、すぐに潮風へ散った。


 「ギロア様が茶を淹れるときは、こいつは厳禁なんだ。そういうでね」

 手に持った葉巻を差し出しながら、気安くカンナへ語りかけた。

 「ウガマール産の高級品だ。こいつじゃないと、ふかした気がしねえ」

 カンナは緊張を解かない。


 「まあそう固くなんなよ。おれも、いわゆる竜側の国で生まれ育ったんだが、あいつらの仲間ってわけじゃあない。雇われてるのさ。だから、あんたがあいつら以上にカネを出すってんなら、あんたに雇われたっていいんだぜ」


 にやついた隻眼で、カンナを振り返った。その眼の奥に、底知れない殺意がこびりついているのをカンナは感じ取った。この人も、やはり殺し屋だ、そう思った。


 やがて午後の賑わいみせる港町へ入り、二人は一本しかないメインの通りを歩いた。子どもが走っていて、女たちが買い物をし、道端で話しこんでいる、まるでどことも変わらない風景だった。男たちは漁師なので、この時間は家で休んでいるのだろう。ただ、島民たちの話している言葉が、聞き慣れない。ギロアの館の下女が云っていたパーキャス語というやつだろうか。しかし、サラティス語で話している者も多かった。


 「バルビィ様、ごきげんよう」

 「おいバルビィ、タラの大きいのが上がったんだ、ギロア様に持って行っておくれ」

 「バルビィ、ちゃんと食べてるかい? 女盛りが、たばこばっかり……」


 みな、気さくに話しかける。だが、だれもカンナにはふれない。カンナを見もしない。視線を感じない。まるで見えていないようだ。

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