第150話 裏切りの慟哭~カンナ誘拐さる

 「ニ、ニ……ニエッタ……これで……これで本当に……良かったのかな……」


 「良かったにきまってるだろ!! ア、アーリーを売れば、多少の退治は見逃してくれるって云ってんだ……ここしか……ここしかあたしたちの居場所は無いんだぞ……サラティスに戻ったって……」


 そういうニエッタ、小刻みに震え、奥歯が鳴って止まらない。冷や汗がすごいのも、パジャーラから見てとれた。パジャーラは視線を暗黒の渦より外し、つぶやいた。


 「……あいつら……約束守って……くれるかな……」

 「……!!」

 ニエッタは必死の形相でパジャーラに掴みかかったが、何も云えなかった。

 そのまま、深くうなだれる。

 そして、抱き合いながら二人で裏切りの嗚咽をもらしたのだった。

 渦巻く音が、海響となってカウベニーの空にこだました。


 入り江の沖を、海面に出ているだけで三百キュルトはあろうかという岩の塊のような巨大な竜が、遠吠えめいた啼き声を上げながら泳ぎ、何処かへと去って行った。


 トケトケが、無表情で二人を眺めている。

 風の慟哭が、二人の嗚咽を包んでいた。



第二章


 未だ気絶しているカンナを運んだまま、メストの四人がカウベニーの港に着いたとき、早い晩秋の日暮れは既に周囲を暗闇に変え、朝の早い漁師たちは一人もおらず、閑散として波と波の岸壁へちゃぷちゃぷと打ちつける音だけが響いていた。


 「風が出てきましたね……」


 カンナを肩に担ぐ楯遣いのマウーラが、曇が流れて星も見えなくなりつつある空を見上げてつぶやく。


 「ヴィーグス」

 「はい」

 小柄で小太りの炎の鞭遣いがランタンへガリアで火を入れ、シロンの横へ侍った。

 「いまから船を出せる船頭を捜してこい」

 「いまからですか?」

 「二度云わせるな」


 言葉にならない返事をして、ヴィーグスは駆けてゆく。バルビィがウガマール産の高級葉巻を出して、ガリアの力で掌内に火花を散らせ、火をつけた。暗がりにせわしい呼吸に合わせて蛍めいて火が光る。芳ばしい香りが風に散った。やがて、ヴィーグスが戻ってきた。


 「シロン様、だめです、だれもいません」

 「そこを探すのが、お前の仕事ではないのか?」

 「で、ですが……」

 「あすこの船に明かりがある。誰かいるんじゃねえの?」


 葉巻をくわえ、木杭きぐい係船柱けいせんちゅうへ片足を乗っけたまま、バルビィが並んでゆれる船の一番端を顎で指した。


 「あ、ほんとだ」


 間抜けな声を出して、ヴィーグスがその船へ接近した。ランタンの下、携帯用のかまどに炭をおこして、フライパンにハーブソルトとたっぷりの菜種油で、自ら釣ったばかりの舌ヒラメの切り身を旨そうに焼いていたのは、リネットだった。

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