第149話 波攻め

 なぜか、ごっそりと水が引いて、海底が露出する。マレッティの足を戒める氷の塊だけが残った。


 鞭遣いはシロンの手を取ると、急斜面の上の突き出た岩めがけて鞭を振り、ガリア「竜炎息状鞭りゅうえんそくじょうべん」が伸び、先端が岩をつかむと、急激な力で二人を持ち上げた。シロンを丘の上に上げ、次に鞭遣いは鞭を楯遣いめがけて丘の上から振り下ろす。楯遣いは未だアーリーと打ち合っていたが、伸びた鞭がその胴体を絡めると、熱さも無く一気に持ち上げた。


 「なに……!?」


 アーリーが見上げる。そして気配に気づき、後ろを振り返った。入り江の向こうで海水が小山のように盛り上がっていた。海水がごっそりと引いて、その山に吸い込まれている。海水の山は真っ黒に蠢いて、音を立ててどんどん盛り上がった。さらに、火山みたいに頂上から水蒸気が噴出しはじめた。


 アーリーが本能で恐怖を感じ、逃げようと見渡す。なんとマレッティが足を分厚い氷に捕らわれて、もがいていた。


 アーリーは走って、マレッティを抱えた。盛り上がった海水がその頂点で一気に崩壊し、怒濤の波が物凄い速度で入り江に押し寄せた!!


 「うおっ……!!」

 斜面を登りかけたアーリー、たちまち津波に呑まれ、見えなくなった。

 


 「大丈夫か、バルビィ」

 シロンが気絶する眼帯の銃遣い、バルビィへ声をかけた。

 バルビィがなんとか起き上がる。

 「アチチ……やれやれ……まだ痺れやがる」

 そして轟々と音を立てて入り江を呑み込む真っ黒い波の塊をみやった。

 「こいつあ、なんとかうまくいったみたいですな」

 「ああ」


 「しかし、さすがダールだ。おれ様の弾をくらって、あいたたた、じゃ、自信なくなるぜえ。そしてこいつも……マヌケなツラして、とんでもねえ力を秘めてやがるぜ」


 バルビィは横たわって気絶するカンナを見すえた。

 「グ、ク、ク……こいつは殺すんですか? シロン様」

 炎の鞭遣いが、にやにやしてカンナを見下ろす。

 「いや、ギロア様が、興味があるそうだ。連れてゆく」

 「では、私が運びましょう」

 楯遣いがカンナを担いだ。

 「おい! ……褒美だ」


 バルビィが笑みを浮かべ、四人を見守っていたトケトケへ金貨を一枚、投げつけた。スターラのトリアン金貨だった。サラティスのカスタより金の含有率が高いのだが、純粋に大きさが小さいので、相場として貨幣価値はやや安い。


 トケトケがそれを掴んで受け取り、カンナを連れて去ってゆく四人を無言で見送った。



 丘の上のとある場所より、ニエッタとパジャーラが四つんばいになりながら、入江一杯に押し寄せ、数十キュルトも海面が盛り上がって轟々と真っ黒な渦を巻く津波を恐怖で震えながらみつめていた。

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