第129話 湯のひととき

 「そ、そのまえに、これをたべちゃおうよ」

 リネットがいつも通りに直火でそれらを焼いてみなで黙々と食べると、早々に出立した。

 


 ぐるりと小島を半周すると、リネットの云う通り、その湯の湧き出るという海岸へ着くころには、空に夕焼けが見え始めた。気のせいか、風は日に日に冷たくなってくる。波も荒いが、引き潮だ。確かに、海底だった場所には湯気の立つ水たまりがあった。


 「すっごおい!」

 マレッティが岩場を身軽に下り、手を静かに差し入れた。

 「ちょっと熱いけど、こんな日じゃちょうどいいかもお」

 そして少し手ですくって、なめてみる。

 「ちょっとしょっぱすっぱいわあ。温泉よお」

 「岩場を組んで、お湯を溜めようよ」

 リネットが指を差して場所を指示する。

 「ここから海に流れているから、アーリー、大きな岩でここを塞いでくれないかな」


 云われるまでもなく、アーリーがそこらの大岩をつかんでは投げ、完全に水たまりを囲ってしまったので、半刻(一時間ほど)もしない内に湯が溜まってじゅうぶんに四人がつかれる深さとなったので、衣服を脱ぎ捨てる間も惜しんで、三人がどばどばと入る。


 そして三人して、魂の底からためいきをつき、生き返ったような表情をみせたものだからリネットはおかしかった。


 「サラティス人の風呂好きは本当だね。パーキャス人も、かなりの風呂好きと自認していたけども。パーキャス諸島も、あちこちに温泉が湧いているのさ」


 リネットも日焼けのあとがくっきりと残る細く筋肉質な肢体をみせ、そろりと足から湯に入った。もう晩秋であるが、きっと諸島の者は年中磯焼けしているのだろう。


 「パーキャスなんて、こんな機会がなかったら、行こうとも思わないわあ」


 「いい機会だから、よく見て行ってよ。どっちにしろ、ベルガン行きの船を探すには、バーレス島まで行かないといけないんだし。夏は風光明媚だよ。むかしは、都市国家から観光客もきていたみたいだよ」


 「パーキャス諸島は私も行ったことが無い。どういう地形と情勢になっている?」

 リネットが説明する。


 「大きく分けて、四つの群落に別れてるんだ。諸島が三つと、大きな島がひとつ。バーレス群が一番大きくて人がいる。港もここにあるのさ。コンガル群が次に大きいけど、ここは最近物騒で、海賊島なんて呼ばれているんだ。カウベニー群はあまり人が住んでない。さびしいところさ。島はリンバ島といって、ここは水が少ないから、人はほとんど住んでない。古帝国時代から流刑地だったんだ。つい百年ほど前まで、サラティスやウガマール、スターラの主に政治犯が流されてきてたっていうよ」


 「竜に海賊とは、大変なところねえ」


 「だから、ガリア遣いを雇ってる。バーレスにも十人くらいいたけど、死んだり、逃げたりして……いまは三人みたいだ。アーリーたちが行ったら、島の人は喜ぶよ、きっと」


 「残念だけど、長居できないのよお。そうよね、アーリー」

 「……そうだ」


 アーリーが湯の中で瞑想に入った。マレッティは例により、四半刻(三十分ほど)もしないで上がってしまう。晩秋の夜はすぐさま暗くなり始め、やがて大量の星が見えてきた。

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