第126話 漂着

 カンナはメガネをとり、なんとか木のメガネケースへしまうと肩掛けポーチへ入れた。これを無くしては一大事だ。


 その見えない眼のまま、カンナも海へ落ちる。その冷たいことといったら! あわてて周囲に浮かぶ板切れへ捕まった。竜は、竜はどうなったか。そんな余裕も無い。急激に身体がいうことをきかなくなる。それほどの冷たさだった。


 ただ、気絶しかけるカンナの服を、誰かがしっかりとつかんだ。

 


 「ッァアックショ!! ふぃアックショィイ!!」


 豪快なくしゃみの音で、カンナは飛び起きた。とたん、全身を襲う悪寒に震え上がる。吹きつける嵐の後の吹き流しが、冷えた身体をさらに冷やす。


 「あ、カンナちゃあん、おきたあ? お互い、よく生きてたわね……」

 「こ、ここは……?」

 よく見えない。ポーチからメガネをとり、かけると、荒涼とした岩場が広がっている。

 「ここはどこですか?」


 云うが、全身におこりめいて猛烈な震えが来た。とにかく濡れ鼠の身体に風が冷たく突き刺さり、ただでさえ少ない体温を根こそぎ奪う。


 気がつくと、カンナはマレッティと共に小型のボートへ乗っていた。マストに大きな帆が一枚、外れかけて風にたなびいている。ボートは既に石ころだらけの海岸にたどり着いて、底がついて傾いている。波と風の逆巻く鋭い音だけが、いまだ重くたちこめる曇天を埋めていた。


 アーリーはどこなのだろう。カンナは震えながら見渡した。殺伐として人一人いない岩場と海と空しか見えない。


 「しっかし、よくこんな救命艇があったものよねえ……」

 鼻声のマレッティが半ば放心して、傾いたボートの中で腰を下ろしている。

 カンナはますます寒くて、返事もできなかった。


 そして思い出した。自分の電撃で感電し、ひっくり返ったまま波に呑まれた船員たち、そして白く煮えた目玉をむいて眼前を滑っていって竜に食われた錨のガリア遣い。今まで竜にしか放ったことの無いガリアの雷撃が、まさか仲間を襲うとは。


 「う、う、う……」

 寒さにくわえ、ちがう震えがとまらなかった。

 「おい、こっちだ、洞穴がある。そこへいったん避難するぞ!」


 アーリーの声がした。マレッティはカンナを助け、船から下りた。風が吹きすさぶ。アーリーの案内で、海岸からすぐの洞穴へ入った。既に、アーリーが枯れた流木を集め、ガリアの力で火を点けていた。


 「さ、あったまるのよ、カンナちゃん」


 ガタガタと震えるカンナを座らせる。アーリーも、大きく息をついてどっかと腰を下ろした。


 怒濤の波飛沫が背後で飛び散り、洞穴の入り口まで届く。

 「で……」

 マレッティは両手を腰へ当てたまま仁王立ちとなった。

 「どうして……」

 その声は、炎の向こうにいるアーリーへ容赦なく向けられる。

 「どうしてあたしたちは、こんなところで濡れ鼠になっているのかしらねえ、アーリー」

 アーリーは、何も答えなかった。

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