第114話 寒気

 アーリーがガリア「炎色片刃斬竜剣えんしょくかたばざんりゅうけん」の力で火をおこす。カンナは自分で芝を集め、二人が休んでも火の番をするしかない。しかし、無理な相談だ。たちまち眠気におそわれ、火が消えてもかまわずに眠ってしまった。が、


 「……さぁむう!!」


 一刻もしない内に猛烈な寒気が肉体を浸食し、眠っている場合ではなくなった。底冷えに地面から冷えてくる。夜空は星が異様にきらめいて、地面の熱が吸い取られてゆくようだ。


 カンナはほとんど眠れなかった。


 朝方には霜がおりて朝日に光っていた。カンナは自分のメガネに霜がこびりついているのに、驚愕した。


 三日目でそれであるから、さらに標高が高くなる四日目と五日目は、カンナは不眠と寒さで倒れそうになりながら、這うようにして歩いた。


 「しっかりしてえ、カンナちゃあん!」

 見かねたマレッティが支えてくれるが、礼を云う気力も体力もなかった。

 「ちょっとアーリー、背負ってあげるくらいしたらどうなの!? つめたいわねえ」

 「大丈夫だ。……もう、村の入り口が見えたぞ」


 カンナがかすむ眼で坂の上を見上げる。小さな石造りの門のようなものが見え、温泉であろう蒸気が立ちのぼっている。が、なによりもその背後に、こんな近間で見たこともない大きな山が連なって雲間に迫っていた。パウゲン連山だ。大きさの異なる成層火山が大きい順に四つ凹状に連なっている異様な姿で、サラティス方面から見て右側より標高五百二十キュルト(約五二〇〇メートル)、標高四百八十キュルト(約四八〇〇メートル)、標高四百二十キュルト(約四二〇〇メートル)と、三百六十キュルト(同じく約三六〇〇メートル)の四連火山で、四つの火山に個々の名は無く、まとめて敬意と神威をもってパウゲンと呼ばれている。


 ここ三百年は噴火していないが、有史以来何度となく人類の生存を脅かしてきた神の山である。特に三百年前の大噴火では連合王国を、七百年前の大噴火では古代帝国を滅ぼす遠因となった。二つの統一国家は、この連山に滅ぼされたのだった。


 「……あっちゃあ、かなり雪が積もってるわあ……今年は雪が早いわよ、アーリー」

 連山を遠くに見上げ、マレッティが渋い声を発した。アーリーも唸った。

 「仕方がない。バソで情報を集め、数日滞在して様子を見る。カンナの養生も兼ねてな」

 「それがいいわあ」


 バソ村は連山の麓の谷間に細長く伸びた帝国時代からの景勝地で、今では旅の重要拠点として発展している。


 既に空気が薄く、カンナはバグルスとの戦いよりも体力を消耗していた。これからさらに標高は上がってゆく。


 金だけはあるサラティスのカルマだ。午後に村で最も上等な宿に入り、アーリーはさっそく情報を集めに集会所へでかけて行った。


 「カンナちゃあん、まずお風呂にゆっくり浸かってあったまりましょおよお! それから美味しいものたべて、英気を養うのよお。ここは竜もあんまり来ないし、牧畜が盛んだから美味しいものがたくさんあるわあ。サラティスにも卸してるくらいよお。登山用の装備は、明日買いましょ、ね?」


 「はい……はい……」

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