第107話 アーリーとの対話
今回の、デリナやその竜たちとの都市攻防戦で、どれほどのバスクがやられたのか、詳しくはアーリーも聞いていないが、モクスルの三分の一ほど、コーヴは半数近くが死んだようだった。セチュは、後方支援だったのでそれほど犠牲は無かった。話によると、やはり都市内へバグルスが何頭かまぎれこんだらしく、コーヴが「死に物狂いで」戦って撃退したという。一般市民も、それなりに死者が出たようだ。
デリナと引き分けたカンナ、それに竜人化で竜軍の主力を一人で倒したアーリーは、都市国家救国の英雄となってしかるべきだった。
が、人々の扱いは前よりよそよそしくなった。カンナとデリナの神のごとき戦いと、アーリーのあのバケモノじみた姿を目の当たりにしては、一般のバスクなどその存在の儚さと無意味さ、小ささを思い知らされただけだったろうから、無理もないかもしれない。家の中で震えていた市民に到っては、バスク達からどのような噂が流れているのか、知りたくもなかった。
都市政府主催の合同葬儀に、カルマは含まれなかった。アーリーとカンナは、カルマで独自に葬儀を終えた。まるで密葬だった。真新しいフレイラの墓の前で、花を添え、祈りを捧げた。フレイラのすぐ近くには、オーレアの墓もある。カルマはこの約三か月で、一人ふえ、二人死んだ。カルマの墓は、森の中の小さな美しい泉の奥にある。フレイラで十三基めだった。都市の喧噪もここまでは聴こえてこない。静謐とむせかえる草いきれと盛夏の虫の声、そして泉の縁に生えるミントの香りだけがする。その日も暑く乾いていたが、ここは心なしか気温が穏やかだった。
「これまで、カルマの構成員は一度に最大で五人を超えたことは無い。可能性が80以上というのは、そう簡単にはいない。私がバスク組織を作り上げ、カルマを立ち上げてより、カルマは総勢二十三人しかいない。カンナ、君がその二十三人めだ」
アーリーは森の中へ並ぶ簡素な石造りの墓を眺め、さすがにやや感慨深げだった。
「半分以上が死んだ。生き残った連中も、ほとんどは身体や精神を壊し、いまはどこでどうしているものか、まるで分からない。二人だけ、五体満足で暮らしているはずの者がいる。一人は七年ほど前に辞めた。結婚し、子もいる。噂ではストゥーリア近郊の村にいるというが、音信不通だ。もう一人は、五年ほど前に、ゆえあって引退した。いまも独り身でどこかにいるらしいが……旅に出たまま行方不明だ。ホールン川を越えたのを見たという者もいる。現役は、私とカンナ、マレッティ。そして……未だストゥーリアにいるモールニヤの四人だ」
そのマレッティは、今日も一人でどこかへでかけていた。フレイラの葬儀にも出ず、一人でいる時間が多い。やはり、相棒だったフレイラの死が関係しているのだろうとカンナは思っていた。フレイラの死を現実として受け入れ、墓を自分たちと共に見るのは辛いのだろう、と。
(いずれ、この中にわたしのお墓も並ぶんだろうか……)
カンナは、無性にもの悲しくなってきた。
おそらく自分より遙かに歴戦の手練であったろう、かつてのカルマたちの墓をこうして眺めていると、竜属の侵攻より世界を救う可能性が99という話も、まるで非現実的な夢想に思えてくる。
(どうして、わたしの可能性はそんなありえない数字なんだろう……)
そんなカンナの心の内を推し量ってか、それとも何も気づかないでか、アーリーは話を続けた。
「カンナ……戦う意義など考えるな。そして考えろ。ガリアと竜の存在意義を」
もしかして、慰めているつもりなのだろうか。何を云っているのかまったく理解できない。カンナはうつむいた。
「アーリーさん……わたし……」
「デリナはいったん下がったが、遠からずまた来る。そして、竜の本格的な侵攻は始まったばかりだ」
「竜との戦いは、ずっと続くんですか?」
カンナは聴かずにはおれなかった。
「続く」
アーリーが即答する。
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